今週末見るべき映画「シリアスマン」

2011年 2月 26日 00:00 Category : Art

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 いろいろの人生、人間、その身に、立て続けに不幸や災難が押し寄せるということがある。1967年、アメリカ中西部。ユダヤ系の人たちの多く住む町が舞台、大学で物理学を教えている中年男が、相次いで不幸な目に遭遇する。

 コーエン兄弟の「シリアスマン」(フェイス・トゥ・フェイス配給)は、善良で、いささか気の弱い男に、いろんな災難がふりかかる。舞台となるユダヤ・コミュニティの雰囲気、状況は、ジョエルとイーサンのコーエン兄弟が生まれて育った環境でもある。

 映画の舞台となった場所は、コーエン兄弟の傑作「ファーゴ」に出てくるミネソタ、ノース・ダコタあたりと思われる。男の名はラリー。コーエン兄弟と同じユダヤ系のウディ・アレン監督・主演の「マンハッタン殺人ミステリー」で、ウディ・アレン扮する編集者の名前もまた、ラリーである。まあ、偶然の一致とは思うが。

 ユダヤ・コミュニティやユダヤ教とは、あまり縁がないため、細部はいささか理解できないところもある。けれども、そこは、コーエン兄弟である。いずれもどこかおかしげな登場人物たちを、キメ細かく描写する。凝った構成、語り口、手練手管を駆使して、全編にブラックなユーモアを散りばめる。

 次々と災難にあうラリーの対応のことごとくが、おかしみをたたえて、哀れ。そして、多くのシーンで、爆笑を誘う。

 この3月に、コーエン兄弟の新作で、「勇気ある追跡」をリメイクした「トゥルー・グリット」が公開される。14歳の少女の復讐に手を貸した無頼な男たちの西部劇だ。そこそこの出来ではあったが、原作のあるせいか、スティーブン・スピルバーグ製作総指揮のせいか、理由はよく分からないが、いわゆるコーエン節は控えめである。本作のほうが、はるかに、本来のコーエン兄弟らしい、不条理でブラックな雰囲気に満ちている。

 大学教授ラリーは、突然、妻から、離縁状を書け、と宣言される。以後、もう、不幸、災難の連続である。隣人との敷地をめぐってのいざこざ、居候する兄と家族との確執、別居の申し入れ、妻の愛人が事故死、貯金が底をつく、などなど、ラリーの身にいろんな不幸が相次ぐ。何度か、心理療法を受けるかのように、ユダヤのラビに教えを乞うが、一向に答えは得られず、事態は好転しない。

 そんな中、ますますの不幸が、ラリーの身の上に降りかかってくる。映画は、徹頭徹尾、ラリーにのしかかる不幸、災難を描いていく。ユダヤ・コミュニティがどのようなものなのかの知識がなくても、人の不幸は世の常とばかりに、ブラックな笑いをまき散らし、観客をぐいぐい引っ張っていく。その手腕は見事というほかない。

 構成の妙、セリフのやりとり、人物のすぐれた心理描写に、うまい演出だなあと、ため息が出る。俳優たちは、大物スターでないだけに、見る方に、あらかじめの先入観はない。だから、ラリーの不幸、不運、災難の相次ぐ展開を、よりリアルに感じることになる。映画の冒頭のテロップにあるように、所詮、人生は、「身にふりかかる出来事を、あるがままに受け入れよ」なのである。

 ラリーは、ばかでかい黒板いっぱいに、複雑な数式を書きなぐり、「不確定性原理だ」と言い放つ。まるで、自らの生きざまを語るように。

 人の不幸を描くのはコメディの常套手段。コーエン兄弟は、その出自を背景に、ブラックに味付けされたコメディの本道を、ひたすらに歩み続けている。

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