タイの田舎、主人公は、農園を営むブンミおじさん。腎臓の病気で、死期が近いことを悟る。農園では、虫や鳥たちの鳴く声や、木々を揺らす風の音が聞こえている。そこに、ずいぶん前に亡くなった妻や、行方不明だった息子が現れる。息子は、森で猿の精霊に出会い、猿の精霊たちの仲間になる。

(C)A Kick the Machine Films
ブンミは、みんなに昔の写真を見せ、いまの農場の様子を語る。妻の願いだった養蜂場に、呼び寄せた妻の妹を案内し、農場を継ぐように頼む。
ふしぎな挿話が出てくる。王女の手が若い兵士に触れる。王女が顔を水面に映すと、たちまち美しくなる。抱き合う王女と兵士。滝の近く、水中にナマズがいる。王女はナマズとともに泳ぐ。やがて王女はナマズに変身し、二匹のナマズが戯れるように泳ぐ。ブンミは死を覚悟して、妻への愛を告白する。そして、ブンミは、みんなといっしょに森の奥の洞窟に入っていく。
ブンミのお葬式のあと、ふしぎな出来事が、まだまだ起こる。なんとも、ふしぎな映像や、エピソードが相次ぐ。登場する人物たちの会話は、ごくごく普通なのに、構成された映像は、難解といえば難解。だが、ふしぎと、こころおだやか、ゆったりとした美しい映像の流れに身を任せていくうちに、どこかなつかしい思いにとらわれる。
映画には、どのような場所で撮ってもいい映画と、どうしてもこの場所で撮らなければならない映画があると思う。本作は、明らかに後者だろう。タイの田舎の農園、沼、森、洞窟などの自然が、映画成立の必須の条件となる。もちろん、霊の存在を肯定し、輪廻転生という概念の色濃く残るタイだからこそ、ということもある。タイのこの場所でしか成立しえない挿話が、ちらほら出てくる。共産兵を殺した話などは、タイの軍事クーデターによる結果と思われる。ブンミの夢のなかには、独裁者の支配する世界も登場する。
本作では、死者が平然と現れたり、人間が動物やナマズに変容するなど、霊的な、あるいはありえない現象が、ごく当たり前のように描かれる。臨死体験や、人の死を予言するといった霊的な能力を、リアリズムで描いたクリント・イーストウッド監督の新作「ヒア アフター」は、それなりに面白く見せてくれた。しかし、リアリズムからほど遠いところから描かれた「ブンミおじさんの森」に、より、こころがときめくのである。

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まるで、おとぎ話、ファンタジーではあるが、映画の結構そのものが、輪廻転生、変容をめぐってのファンタジーである。輪廻転生を信じている。前世では人間でなかったかも知れない。来世もまた、人間として生まれ変われるとは思わない。水牛かもしれないし、ナマズかもしれない。だからこそ、与えられた生を、よりよく生きること。そして、しずかに命の終わりを受け入れること。ブンミおじさんの生き方を見て、そう思った。
ウィーラセタクン監督は、映像の持つ可能性や持てる力を、存分に引き出し、観客の想像力を限りなく刺激する。人の生と死、輪廻転生、政治や哲学への思い、自然のありようなどの大きなテーマが見え隠れしながら、巨大なファンタジーが、自由な美しいイメージで結ばれる。
これは、希有な映像である。自然のいろんな音、声といった音響効果も斬新。もっとも、観客のこころに、このファンタジーが像としてうまく結ぶかどうかは、映像や音響とつき合う観客の力量にかかっているのだが。


