今週末見るべき映画「預言者」

2012年 1月 20日 00:00 Category : Art

このエントリーをはてなブックマークに追加

 刑務所や収容所などが舞台となる映画が好きである。閉ざされた状況で、いかに生きるか。その人間性が露わになり、時には、登場人物たちが、良くも悪くも大変革を遂げたりする。映画だけではなく、およそドラマとしての格好の材料だろう。

 思いつくままに映画を挙げてみても、「抵抗」「穴」「終身犯」「ミッドナイト・エクスプレス」「パピヨン」「アルカトラズからの脱出」「ショーシャンクの空に」「es」「グリーン・マイル」などがすぐに思い浮かぶ。いずれも傑作と思う。

 何度も脱走を試みたり、刑務所の職員をこてんぱんにやっつけたり、刑に服する間に成長を遂げたりなどなど、その表現、テーマは異なっていても、日常の空間ではない、閉ざされた場所だからこそのドラマが成立する。

 このほど、第62回のカンヌ国際映画祭でグランプリを受賞した「預言者」(スプリングハズカム配給)もまた、この系譜につながる一本だろう。

 舞台はフランスの中央刑務所。19歳の若者マリクは、傷害罪で刑務所に入れられる。刑期は6年、アラブ系の無口な男である。刑務所は、コルシカのマフィアらしい男セザールがボスとして君臨し、看守たちを抱き込んでいる。刑務所で生き延びるために、マリクは、セザール一派の力に頼らざるを得ない。

 頭角を現した囚人たちは、行き届いた個室で服役できる。携帯電話や、いかがわしいDVD、麻薬まで、大抵の品を手にすることができる。そういった刑務所の状況が、リアルにきめ細かく描かれる。また、時には、主人公の見る夢や幻想シーンが巧みに挿入される。

 一種の教養小説さながらに、無学だったマリクは、知恵を付け、成長し、生き延びていく。


 マリクの変貌ぶりがよく分かるのは、顔付きと身のこなしである。時間の経過とともに、精悍になっていく。演じたタハール・ラヒムの巧みさだろう。セザールを演じたニエル・アレストリュプは、冷酷なマフィアのボス役を圧倒的な演技で押し切ってしまう。

 閉ざされた状況であっても、刑務所の中は一種の組織、社会である。現実の社会の縮図さながら、マリクの「人生」が展開していく。しかも、いろんな人種が服役し、勢力争いがある。いまのフランス社会の背景にある現実が、浮かびあがる。

 監督のジャック・オディアールは、もともとは脚本家。2005年に「真夜中のピアニスト」を監督するなど、長編のキャリアはまだ5本目だが、「預言者」での語り口は、ときにはリアル、ときにはサスペンスたっぷり、ときには夢や幻想まで映像に取り入れる。いささか凄惨なシーンもあるが、結末の運びが達者、すでに手だれの演出である。

 若者の遂げる変貌と、刑務所の内外で展開する勢力争いを絡めて描いていくが、多くのことを語るのに、多くのセリフは要らない。削ぎ落としたセリフの中に、多くを語らせる。巧みな伏線と相俟って、アブデル・ラウフ・ダブリの手になる脚本は、シンプルながらコクがあり、見事だ。

 ちなみに、タイトルの「預言者」とは、映画の中ほど、いささかシュールで幻想的なシーンの後で、ブラヒムという男がマリクに向かって言うセリフがある。「お前は何者なんだ? 預言者か?」に拠るものと思われる。

 エンド・クレジットにブレヒトの傑作戯曲「三文オペラ」からの「マック・ザ・ナイフ」が流れる。クルト・ワイルの名曲だ。「鮫は美しく鋭い歯を持っている。その歯はまるで真珠のように輝いている。マックヒースもまた、同じような鋭い刃のナイフを、隠し持っている・・・」。
 本編のテーマを言い当てて、効果たっぷりの選曲だ。

Related article

  • 今週末見るべき映画「世界一美しい本を作る男―シュタイデルとの旅―」
    今週末見るべき映画「世界一美しい本を作る男―シュタイデルとの旅―」
  • その名に恥じぬ一歩を。第27回東京国際映画祭の全容
    その名に恥じぬ一歩を。第27回東京国際映画祭の全容
  • 今週末見るべき映画 「白い馬の季節」
    今週末見るべき映画 「白い馬の季節」
  • 今週末見るべき映画「最高の花婿」
    今週末見るべき映画「最高の花婿」
  • 今週末見るべき映画「カプチーノはお熱いうちに」
    今週末見るべき映画「カプチーノはお熱いうちに」
  • 今週末見るべき映画「グランドフィナーレ」
    今週末見るべき映画「グランドフィナーレ」

Prev & Next

Ranking

  • 1
    天然の黄金色が美しい、奇跡のような植物のジュエリー
  • 2
    ハイメ・アジョン来日、伊勢丹新宿店×デザインタイド
  • 3
    ひとときも飽きることがない|ワン&オンリー・リーティラ|モルディブ
  • 4
    今週末見るべき映画「バレエに生きる ~パリ・オペラ座のふたり~」
  • 5
    今週末見るべき映画「マリア・カラスの真実」
  • 6
    GoogleがVRヘッドセット「Cardboard」を発表
  • 7
    ジャン・レノ主演、IWC「ポルトギーゼ」映画上映パーティ
  • 8
    次世代のロフト「有楽町LOFT」が1日オープン
  • 9
    気分はヨーロッパのキッチン? 日立の新しい大型冷蔵庫
  • 10
    ドイツの現代美術家、レベッカ・ホルンの日本初個展

Excite ism :

このエントリーをはてなブックマークに追加