今週末見るべき映画「ル・コルビュジエの家」

2012年 9月 14日 11:50 Category : Art

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 入学した公立高校が、建築のモデル・スクールだった。設計は坂倉準三。世界的に著名な建築家、ル・コルビュジエの高弟になる。高校の校舎は、当時としては実にモダンで、スロープを上ると、メイン・エントランス。教室は二面ガラス張り、体育館はコンクリート打ち放しのカテナリー方式とかいう、不思議な建物だった。坂倉準三や、ル・コルビュジエの名は、高校に入る直前に初めて知った。

 ル・コルビュジエの弟子は、日本の建築家に何人かいる。日本の建物では、上野の国立西洋美術館が、ル・コルビュジエの設計になる。ル・コルビュジエが、1948年に設計、アメリカ大陸で唯一の住宅が、外科医のクルチェット邸だ。アルゼンチンの首都ブエノスアイレスから南東60キロ、ブエノスアイレス州の州都ラプラタにある。いまは、資料館になっていて、見学できるらしい。

 このクルチェット邸で撮影した映画「ル・コルビュジエの家」(Action Inc配給)を見た。ドキュメント映画のようなタイトルだが、れっきとした劇映画である。原題は「エル・オンブレ・デ・アル・ラード」(隣の男)という。邦題は、たまたま、映画がクルチェット邸で撮影したからと思われる。冒頭から、息もつかせぬ面白さである。大袈裟に言えば、ブラックなユーモアが混ざり、人間存在の深奥に迫った、エキサイティングな心理ドラマである。サスペンスがたっぷり、次はどうなるかと、画面に釘付けになる。椅子のデザインで世界的に成功したレオナルドは、妻と15歳になる娘と豪邸に住んでいる。吹き抜けで、折り返しのスロープを昇ったところがピロティだ。多くのガラス窓がある。スロープの近くには太い木がある。家具調度はモダン、壁にはいろんな現代アートが掛かっている。まさに、豪邸。

 ある朝、隣人の家の壁に穴が開き始める。隣人のビクトルが業者に頼んで、陽の光を入れるための窓を作ろうとしていることが分かる。レオナルドは違法だからと抗議する。ビクトルは、黒いシートで壁穴を覆って、抗議を受け入れようとするが、いつの間にか窓のための木枠を入れてしまう。ふたりの話し合いが続くうちに、レオナルドはどのような人物かが、少しずつ明らかになっていく。逆に、ビクトルは正体不明、鋭い顔つきに低い声で話す。一見、レオナルドと友達になりたいような、なれなれしい態度だが、レオナルドのいくつかの行動には、明確な不快感を示す。ビクトルは、中古車の販売をしているようだが、生業は、はっきりしない。イノシシの肉で作ったというマリネをプレゼントしたり、ライフルや銃弾を真っ赤に塗ったオブジェを、レオナルドに届けたりする。

 窓をめぐってのビクトルとの何度かの交渉や、妻とのやりとり、学生へのデザイン指導、使用人や仲間との会話などから、レオナルドは、金持ち特有の、成功した人間独特の傲慢さが感じられ、鼻持ちならない俗物であることが露わになっていく。また、考えた末の判断かは明確ではないが、レオナルドは、ビクトルや妻に対して、いくつかの嘘をつく。そして、ビクトルとの交渉が進むにつれて、妻との関係が、いっそう険悪になっていく。もっとも、一見、幸福そうに見えるレオナルドの家族は、もともと仮面家族であったのだろう。一方、ビクトルは、壁に開けた大きな穴から、若い女性と戯れているところを、レオナルド夫妻に覗かせたり、不思議な指人形のパフォーマンスを、レオナルドの娘に見せたりする。父親とは一言も口を聞かない娘は、それを見て、喜ぶ。ますます、ビクトルの正体が、分かりづらくなっていく。そして、窓をめぐっての事件が、一件落着するようになるが、そこから、とんでもないことが起こり始める。

 ラストは圧巻、エンド・クレジットもまたブラックなユーモアを湛えて、深い余韻を残す。首尾一貫、曖昧な人間存在や、人間心理の深奥が的確に描かれる。優れた人間観察に裏打ちされた、並々ならぬ演出力だ。アルゼンチンでは、ここ10年ほど、共同で実験映画やテレビ映像を撮っているガストン・ドゥプラットとマリアノ・コーンが監督、撮影。練り上げられた緻密な脚本は、ガストン・ドゥプラットの兄、建築家でもあるアンドレス・ドゥプラット。古くは、「スール/その先は・・・愛」のフェルナンド・ソラナス、2000年代では「ボンボン」のカルロス・ソリン、「ルイーサ」のゴンサロ・カルサーダ、「瞳の奥の秘密」のファン・ホセ・カンパネラ、「瞳は静かに」のダニエル・ブスタマンテなどなど、アルゼンチンには映画の達人が多い。ドゥプラット兄弟やマリアノ・コーンもすでに達人の域と思う。

 レオナルドを演じるラファエル・スプレゲルブルド、ビクトルを演じるダニエル・アラオスは、ともに映画は初出演だが、もとは舞台俳優で演出家だ。達者な演技も頷ける。「ル・コルビュジエの家」を傑作というのは簡単だが、完璧な傑作と言いたい。

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