今週末見るべき映画「グランド・ブダペスト・ホテル」

2014年 6月 5日 08:00 Category : Art

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コンシェルジュのグスタヴは、もてなし上手。ホテルは、グスタヴ目当ての上客で賑わっている。長年の馴染み客の一人、伯爵夫人が殺される。犯人は分からない。遺産として、名画が一枚、グスタヴに遺贈されることになる。ところが、遺産目当ての殺人容疑で、グスタヴは追われる身となる。弟子のベルボーイを連れて、逃げるグスタヴ。監獄に入れられても、持ち前のキャラクターで脱獄する。コンシェルジュたちの秘密結社まで登場し、やがて戦火が迫ってくる。事件はさらに新たな事件をよぶ。軽快なテンポで、ドラマが展開する。著名な俳優たちのコントのようなやりとり、短いけれど味のあるセリフの応酬が続く。舞台は、ヨーロッパのあちこちに移る。グスタヴが逃げる。伯爵夫人の息子たちや、ナチスを連想する軍警察が、脱獄したグスタヴを追う。

「グランド・ホテル」だろうか、「チャップリンの独裁者」だろうか、「シャイニング」だろうか、過去の傑作映画へのオマージュふうなシーンが頻出する。映画の時制に合わせて、スクリーンのサイズまで変化する。もう、見ていて、楽しくて楽しくて、どうしようもない。

いったい、このような映画の基となったのは、何なんだろう。脚本は、もちろん監督のウェス・アンダーソン。資料では、1930年代のコメディ映画や、シュテファン・ツヴァイクの一連の作品から多大の影響を受けた、とある。ツヴァイクといえば、まっさきにあがるのは伝記文学の傑作「ジョゼフ・フーシェ」(岩波文庫・高橋禎二、秋山英夫訳)だろう。フランス革命時、フーシェは、教会破壊を唱える共産主義者だったが、王政復古になると、敬虔なキリスト教信者の警務大臣になる。フーシェは、裏切り、変節を繰り返し、常に権力にすり寄り、激動を生き抜いた男だ。まあ、フーシェみたいな人物は、どの時代、どの組織にもいるのだが。


豪華なホテルが登場するのは、ツヴァイクが伝記「マリー・アントワネット」と同時期に執筆していた小説、「変身の魅惑」(朝日新聞社・飯塚信雄訳)と思われる。ヒロインのクリスティーネは、アメリカで成功した伯父の助けで、スイスの社交界で有名になっていく話だ。ユダヤ系オーストリア人であるツヴァイクは、ナチスに追われた身であった。「変身の魅惑」の後半では、ナチスへの怒りも書き込まれている。さらに、ナチス絡みで、ウェス・アンダーソンが参考にしたのは、ハンナ・アーレントの「イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告」など。また、映画の筋書きとは直接の関係はないが、ツヴァイク晩年の小説「心の焦燥」からも多大の影響を受けたようだ。

ツヴァイクは、映画のグスタヴと同じように、あちこちに居を移す。オーストリアからスイスに移住し、イギリスに亡命する。願う平和が叶わず、絶望したツヴァイクの自殺した地は、1942年のブラジルであった。映画では、忍び寄る戦争さえもギャグになるが、ウェス・アンダーソンは、戦争に絶望し、希望を託して居を移したツヴァイクへのリスペクトとして、本作を捧げたと思われる。

ラストは、ちょっぴりビターだが、全編、痛快。おもしろすぎる。上映時間1時間40分は、あまりにも短い。

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