今週末見るべき映画「悪童日記」

2014年 10月 2日 08:00 Category : Art

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映画化が困難と思われている小説は多い。ハンガリーを亡命した女性作家、アゴタ・クリストフの「悪童日記」(早川書房・堀茂樹訳)もそのひとつだが、出版以来、ほぼ30年を経て、このほど映画になった。


映画「悪童日記」(アルバトロス・フィルム配給)は、戦争のさなか、過酷な現実に立ち向かい、互いに鍛え合い、生き延びていく双子の兄弟が、いっさいの主観を交えることなく、事実のみを日記に綴っていく。聖書を暗記するほど読み、互いにテーマを出し合い、下書きをして、書きつけるべき重要なことを選んで、書き続けていく。原作によれば、日記を書くのに単純なルールを課している。

『ぼくらが記述するのは、あるがままの事物、ぼくらが見たこと、ぼくらが聞いたこと、ぼくらが実行したこと、でなければならない。たとえば、「おばあちゃんは魔女に似ている」と書くことは禁じられている。しかし、「人びとは、おばあちゃんを<魔女>と呼ぶ」と書くことは許されている。…感情を定義する言葉は非常に漠然としている。その種の言葉の使用は避け、物象や人間や自分自身の描写、つまり事実の忠実な描写だけにとどめたほうがよい』とある。大人びた、しかし、理路整然とした文章である。分かりやすい文章で、一気に読める。


時、場所は定かではない。登場人物には、名もない。もちろん、アゴタ・クリストフの生きた、当時のハンガリーであることが分かる。だからこその寓意に満ちている。いつの時代でも構わない。戦争があり、さまざまな人間がいれば、いつの時代、世界のどの場所にでも起こっている現実と読みとれる。

兄弟は一心同体、生き延びるための手段は選ばない。自らを鍛え、思慮を重ね、許しがたい事実には、きちんと報復を加える。痛快、爽快ですらあるが、ふと立ち止まると、このような兄弟、子供を生んだ社会、世界に、憤りを覚える。原作は、アゴタ・クリストフ自身の辛苦に満ちた経歴が生んだ小説だが、もはや、普遍性をもって、世界に広がり続けている。

「こんな子供に誰がした」。流行歌の歌詞ではないけれど、それは「世界」であり、「政治」であり、「戦争」であり、「大人たち」である。残酷、悲哀極まる現実を、冷静に客観視する少年の眼差しが、眩しく、痛い。

アゴタ・クリストフは、ハンガリー動乱が鎮圧された後、オーストリアに逃れ、スイスに亡命する。51歳で初めて書いたフランス語小説が「悪童日記」である。以降、世界じゅうで翻訳、刊行される。この双子の兄弟の物語は、さらに「ふたりの証拠」、「第三の嘘」と書き継がれる。アゴタ・クリストフは、2011年に亡くなるが、ハンガリーの映画監督ヤーノシュ・サースに、「悪童日記」の映画化にゴー・サインを与えていた。

原作の性的描写や、一部の暴力表現はカットしているが、ほぼ原作通りの内容、進行である。アゴタ・クリストフの、「どこにいたとしても、どの言葉を使ったとしても、書くことを止めなかった」と言い残した言葉を、ヤーノシュ・サースは映画に結実させたと思う。

冷静な態度で、大人の世界を凝視する双子の兄弟役を演じたのは、アンドラーシュとラースローのジェーマント兄弟。その鋭い目つきや、虚無感に満ちた表情は、多くを物語る。映画の成功は、この双子の兄弟を見いだしたことだろう。


光と影のコントラストがくっきり。ロングショットで捉えた自然の風景が、ともかく、美しい。ミヒャエル・ハネケ監督の「隠された記憶」や「白いリボン」などの撮影を担当したクリスティアン・ベルガーの力量だろう。

双子の兄弟は、さらに形を変えて、「世界」と対決する。映画化の話はいまだ聞いてはいないが、いつか、誰かが、「ふたりの証拠」、「第三の嘘」を映画にすることと思う。主演したジェーマント兄弟は、続編として「ふたりの証拠」の映画化を望んでいるらしい。楽しみに待ちたい。

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