今週末見るべき映画「幸せのありか」

2014年 12月 12日 08:00 Category : Art

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岩波ホールは、今年もまた、優れた作品を公開し続けた。「少女は自転車にのって」、イズムでも紹介した「家族の灯り」、「ワレサ 連帯の男」、また、「大いなる沈黙へ グランド・シャルトル修道院」、「ローマの教室で~我らの佳き日々~」などなど。岩波ホールそのものに固定ファンが多いのも喜ばしいことである。本年最後の公開が「幸せのありか」(アルシネテラン配給)というポーランド映画である。


時代は、民主化の進む1980年代のポーランド。マテウシュという少年は、体が不自由なことで、知的障がい、植物のような状態とみなされる。しかしマテウシュは、体は不自由だが、正常な精神、感覚の持ち主である。マテウシュは、自分の思いを周囲の人間に伝えることができない。家族は、両親と兄、姉がいる。父母はマテウシュに深い愛情を注ぐ。映画は、不幸な状況のなかでマテウシュは成人し、25歳になる2010年までを描く。

障がい者を扱った映画は、たいてい、お涙頂戴といった仕掛けが施されている。ところが、本作には、そういった仕掛けは皆無。徹頭徹尾、マテウシュの内的真実が周囲に理解されないまま、ドラマが進行する。ただし、映画の要所要所で、マテウシュの独白が入る。障がい者が、ふつうの精神、感覚で、健常者たちを観察する趣である。これが、皮肉たっぷりで、優れた人間観察になっている。マテウシュは恋をする。失恋もする。女性を胸の大きさで採点したりもする。しかし、マテウシュの心の真実は、誰も理解してくれないままである。


正直に言うと、障がい者を扱った映画は、あまり好きではない。あらかじめ、いかに涙させるかを計算しているようで、ちょいと引ける。もちろん、ひとひねりも、ふたひねりもある作品もある。最近では、「潜水服は蝶の夢を見る」や、「セッションズ」(イズムで紹介)などは、ひねりの効いた映画だと思う。「幸せのありか」にも、もちろん、ひねりがある。ラスト近く、二転三転、状況が変化する。それをマテウシュにとって幸せかどうかは、見る人によって感想は異なると思う。

重度の障がいを抱えたままの生活は、さぞ困難と思う。マテウシュの場合、植物のような状態ではなく、正常な精神を持っていることを理解する他者が現れたことが、マテウシュの生きる力、意志を支えることになる。

映画は、いくつかの章に分かれ、時代が年号で示される。各章は、「証し」、「魔法使い」、「ボーイフレンド」、「言葉」、「人間」そして、「ぼくは生きたい」。早くに亡くなる父を、マテウシュは魔法使いと思っていたり、近隣の観察を、自らの社会科とするなど、章に合わせてのマテウシュの内的告白が、過不足なく出てくる。うまい語り口である。

父はマテウシュに、空を見て星を眺める喜びを教えるし、母は盲目的にマテウシュを愛するが、マテウシュの内なる声は聞けない。兄や姉にも、マテウシュの思いは伝わらないが、決して無視している訳ではない。家族たちの平凡な反応ゆえのリアルさが、全編を支配する。ところが、後半、施設の職員だろうか、素晴らしい人物が登場する。役名はヨラ先生という。


実話に基づいている。ことさら、大仰な表現を避け、マテウシュの人格をさりげなく示す演出力は、たいしたものである。監督、脚本はマチェイ・ピエブシツアという人で、本作がまだ、監督二作目という。もちろん、少年時代のマテウシュを演じたカミル・トカチと、成人したマテウシュを演じたダヴィド・オグドロニクの優れた演技があってのものである。

「私、植物、違う」とのマテウシュの内なる叫びが、ズシンと心に残る。感情があるのは健常者だけではない。重い障がいを持つからこその、しなやかな感情を伝えて、映画は閉じられる。

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