今週末見るべき映画「真夜中のゆりかご」

2015年 5月 14日 08:00 Category : Art

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静謐そのものながら、並々ならぬサスペンス。語り口の巧さに、まず驚く。舞台はデンマークの、美しい湖畔のある小さな町。刑事が、生まれてまだ数ヶ月、急死した自分の息子と、捜査で知り得た麻薬常習犯の息子と、取り替えてしまう。犯罪である。どう展開するのか。

刑事アンドレアス夫婦は、湖畔の瀟洒な家に住む。いっぽう、麻薬常習犯のトリスタンが、女と同居する家は、いかにもの安アパートである。格差は、デンマークにも歴然としてある。家庭内暴力や薬物依存の取り締まり、児童虐待に対処する施策のありようなど、さぞかし、デンマークという国なら、キチンとやっているようにとは思うが、どうやら、そうでもないらしい。これは、デンマークに限らず、いまという時代の抱える病巣の一部なのかもしれない。


豊かな自然、美しい夜景が映えるが、人間の心の内奥は、自然の風景と異なる。緊張感が、じわじわと迫ってくる。それは、主な登場人物5名の、ひときわ繊細な心理表現からのものと思われる。親としての役割、夫と妻の関係、罪の意識などなど、細部の説明は多くはないが、すぐれた5名の俳優が、それぞれの役柄を手のうちに入れている。ことに、死んだ息子を他人の赤ちゃんと入れ替えるアンドレアス役のニコライ・コスター=ワルドーと、アンドレアスの同僚で酒飲みのシモンを演じたウルリッヒ・トムセンが、飛び抜けて巧い。ふたりの刑事は、互いに諍いを繰り返しているが、それぞれの取る行動には、大きな理由がある。この刑事ふたりの心理劇も、本作の魅力のひとつだろう。

演出は、女流のスサンネ・ビアで、2010年に「未来を生きる君たちへ」を撮っている。アフリカの難民キャンプとデンマークを舞台に、理不尽な暴力の周辺を描きながら、赦しと希望の存在を希求する。場所がどこであろうと、大人同士、子供同士、世代を超えて暴力は存在する。暴力をめぐって憎しみが生まれる。きれい事ではすまない。それでも、ささやかな希望はあるのだけれど。


スサンネ・ビアと何度もコンビを組んでいるアナス・トーマス・イェンセンの、細部までじっくりと人間を見つめた脚本がいい。喪失感、罪の意識の描き方、また、意外な事実が判明するまでの伏線、経緯など、まことに、よく練られている。

デンマークには、数こそ少ないが優れた映画作家が輩出している。ビレ・アウグスト、トマス・ヴィンターベア、カール・テオドア・ドライヤー、ラース・フォン・トリアー、ニコラス・ウィンディング・レフンなどなど。もちろん、女流のスサンネ・ビアもそのひとり。救いようのないほどの暗い話ではある。だが、監督のスサンネ・ビアは、繊細な表現の積み重ねで、観客の感情を揺さぶりながら、最後に小さな希望を添えることを忘れない。

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