今週末見るべき映画「雪の轍(わだち)」

2015年 6月 26日 08:00 Category : Art

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昨年のカンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した「雪の轍(わだち)」(ビターズ・エンド配給)には、まるで主題歌のように、シューベルトのピアノ・ソナタ第20番の第2楽章が流れる。ベートーヴェンの死から2年後、ベートーヴェンを追うように、わずか31歳で亡くなったシューベルトの、「白鳥の歌」とでもいえる名曲だ。古くはロベール・ブレッソン監督の「バルタザールどこへ行く」、ベルトラン・ブリエ監督の「美しすぎて」、2000年以降では、ミヒャエル・ハネケ監督の「ピアニスト」、アンドレス・バイス監督の「ある殺人者の記憶」といった映画でも、効果的に使われていた曲だ。


監督は、トルコ生まれのヌリ・ビルゲ・ジェイランである。3時間16分の長尺ながら、トルコのカッパドキアにあるホテルを舞台に、緊張感に満ちた会話劇を一気に見せる。ヌリ・ビルゲ・ジェイランのただならぬ手腕に、ぐいぐい、引き込まれてしまう。


およそ人間の意識に潜む様々な感情が、ほとばしり、ぶつかり合う。登場人物は、いわゆる悪人ではない。それぞれが、それぞれの人生を肯定している。しかし、水面に投げた石の波紋が広がるように、あるきっかけから、それぞれが、自意識をさらけ出し始める。

ずいぶん昔、旧仮名遣いの文庫本で、チェーホフの「決闘・妻」(岩波文庫・神西清 訳)を読んだことがある。一冊に二編の、やや長めの短編が収められている。映画の基本になる筋書きは、この「妻」という小説と思われる。ロシアの町はずれに、鉄道関係の仕事で成功した、裕福な中年男と若い妻がいる。夫婦の仲は、すでに冷えきっている。夫婦はそれぞれ、住む土地の飢饉や感染病を救おうと、募金活動をしている。夫は、世間知らずの妻の募金活動に難癖をつける。妻は、夫の上から目線で人を見る態度に、傲慢さを感じている。夫婦の会話は、すれ違い、交わることはない。深い人間観察に満ちた、すぐれた小説である。映画は、トルコのカッパドキアに舞台を移し、チェーホフの「妻」の展開や登場人物を、さらに膨らませる。監督自らが共同で脚本を書き、偽善に満ちた人間の本性をあぶり出していく。

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