今週末見るべき映画「シーモアさんと、大人のための人生入門」

2016年 9月 30日 08:00 Category : Art

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 世の中で成功しているかどうかに関係なく、長い人生で、人はふと、立ち止まるものである。「このままでいいのか」、と。映画俳優、監督、脚本家、舞台演出、作家でもあるイーサン・ホークもまた、そのひとり。経済的な裏付け、名誉ともに手にしている。それでもなお、イーサンは、自らの人生を見直そうとする。


 イーサンは、5年ほど前、友人のディナー・パーティで、元ピアニストで、ここ30年以上、いろんな人たちにピアノを教えているシーモア・バーンスタインと出会う。シーモアはすでに84歳。イーサンは、シーモアの人柄に一目で魅せられる。そして、シーモアのドキュメンタリー映画製作を思いつく。「シーモアさんの、大人のための人生案内」(アップリンク配給)である。


 シーモアの、語る言葉のひとつひとつが、含蓄があり、品があって、示唆に富む。「じぶんの心と向き合うこと、シンプルに生きること、成功したい気持ちを手放すこと。積み重ねることで、人生は充実する」。

 シーモアは、さりげなく生い立ちを語る。まだ、幼いころ、シューベルトの「セレナード」の楽譜を読み、涙したこと。演奏会を控えての不安や恐怖。朝鮮戦争に従軍、慰問でピアノを聴いてくれた戦友たちが亡くなったこと。

 シーモアは、50歳でコンサート・ピアニストから、ピアノを通して「人生」を教える教師になる。ちょうど、グレン・グールドが人前でピアノを弾かなくなったように。

 イーサンはすでに映画俳優としてだけでなく、いろんな分野で、成功を収めている。それでもなお、自らの人生を振り返り、立ち止まり、シーモアの声に耳を傾ける。


 「音楽の教師が生徒にできる最善のことは、生徒を鼓舞し、感情的な反応を引き出させること。音楽のためばかりではない。人生のあらゆる場面で、重要なことだから」。

 「音楽に対する最初の反応は、知的な分析なしに起こる。たとえば才能豊かな子供は、音楽の構造的なことや背景を知らずとも、音楽をとても深く理解できる。こうした無知さには、大人も学ぶことがある」。

 シーモアの友人、教え子たちが、シーモアの人となりを語る。いずれも、シーモアへの敬愛と尊敬に満ちている。日本の女性ピアニスト、大木裕子や市川純子も、シーモアの教え子である。優れた教師のもとに参集する教え子もまた、優れた音楽家ばかり。シーモアは言う。「音楽はいっさいの妥協を許さず、言い訳やごまかしも受け付けない。そして、中途半端な努力も。音楽は我々を映す鏡と言える。音楽は我々に完璧を目指す力が備わっていると教えてくれる」。


 映画のクライマックスは、イーサンの依頼で、シーモアの33年ぶりになるコンサートが開かれるところ。スタインウェイ社の地下で、ピアノを選ぶシーモア。ブラームスの「間奏曲イ長調・作品118」、シューマンの「幻想曲第3楽章」……。シーモアのピアノが、シーモアの人生を奏でる。「幻想曲第3楽章」は、「勝利の歌」である。指定は、「ゆっくり弾くこと。常に静けさをもって、やや活発に」。

 全編、ピアノの名曲で満ちている。シューベルトの「幻想曲・変イ長調・D899」。バッハの「パルティータ第6番」。ショパンの「ノクターント長調・作品37」、「マズルカ・ハ長調・作品24」、「子守歌」。ベートーヴェンの「ピアノ・ソナタ第32番・第2楽章」、「6つのバガテル・作品126」。モーツァルトの「幻想曲ハ短調・K475」。


 映画のために新しく録音された曲も、多く登場する。ピアノ曲のお好きな音楽ファンは、涙なくして見れないドキュメンタリーと思う。

 イーサン・ホークとシーモア・バーンスタインの語りは、自らの人生を問い直す、真摯な言葉で満ちている。

 シーモアは、人生を音楽にたとえる。「人生には衝突も喜びも調和も不協和音もある。それが人生だ。避けて通れない。同じことが音楽にも言える。不協和音もハーモニーも解決もある。解決の素晴らしさを知るには、不協和音がなくては。不協和音がなかったらどうか? 和解の意味を知ることもない」。


 すてきなピアノ曲と、シーモアの至言のかずかず。ぜいたくな映画の時間が流れていく。1時間21分で、「人生入門」が果たせる。強くお勧めしたい一本。(文・二井康雄)

<作品情報>
『シーモアさんと、大人のための人生入門』

2016年10月1日(土)より、シネスイッチ銀座、渋谷アップリンクほか全国順次ロードショー
(C)2015 Risk Love LLC

公式サイト

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