「小さな園の大きな奇跡」【今週末見るべき映画】

2016年 11月 4日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 数多く作られている香港映画のイメージを、根底から覆すような作風で、じつにほのぼのとした雰囲気の映画である。「小さな園の大きな奇跡」(武蔵野エンタテインメント配給)からは、香港映画の新しい波を感じる。


 エリート教育に疲れはてた名門幼稚園の園長先生ルイは、なかなかの美人である。博物館勤務の夫ドンに、幼稚園を辞めたいと告げる。ドンもまた、仕事に不満を覚え、近く退職しようと考えている。

 ルイは、フランス語を習い、ジムに通うが、なにか空しい日々を過ごしている。そんな折り、
ルイはテレビのニュースで、郊外にある幼稚園の廃園を知る。園児は5名、これ以上減ると、さらに廃園時期が早まる。ルイは、その幼稚園に車で向かう。


 香港だけの話ではないだろう。経済成長を遂げつつあるところなら、どこにでもありうる話と思う。中国では、一人っ子政策が廃止になったとはいえ、場所によっては、児童が少なくなりつつある。児童が少ないと、教育全体にいろんな影響が出る。

 一部の裕福な人たちは、子どもをいい大学に入学できるよう、名門の幼稚園からエリート教育のコースを歩ませようとするが、裕福でない人も多い。ここ香港でも、経済的な格差が広まっている。現実には、教育にそんなに多くのお金は出せない、ということだろう。映画は、じっさいにあった話に基づいている。


 郊外にある廃園寸前の幼稚園に、5人の園児が通っている。5人とも、女の子である。これが、とても子どもらしく描かれて、おもわず頬がゆるむ。撮影時には、4歳、5歳の女の子たち。みんな、無邪気そのもので、よく笑い、喜び、泣く。その表情が巧まずして、自然。とてもいいのである。

 5人とも、オーディションで選ばれたが、とても映画初出演とは思えない。演出には、かなりの我慢や忍耐があったことと思わせる。監督はエイドリアン・クワン。レスリー・チャンの出ていた「君さえいれば/金枝玉葉」の助監督を経て、数本の監督作がある。


 おとなの俳優は、すでにして大スター、名脇役が揃う。ルイ先生役はミリアム・ヨン。歌手でもあり、いまや、香港映画の「ラブコメ女王」だ。夫のドン役にルイス・クー。クレジットはされていないが、本作の製作にも出資している。そのほか、チャリティ活動として、恵まれない子どもたちのための学校を作ったり、医療施設を建てたりもしているそうだ。脇役にリチャード・ン、フィリップ・キョン、スタンリー・フォンなどなど、香港映画ファンには、おなじみの俳優たちが出演、達者な芝居を披露する。

 幼児教育は、立派な設備のある空間だけとは限らない。たとえ、郊外にあっても、設備が不十分であっても、園児が少なくても、要は、教える先生の熱意、子どもへの接し方だろう。本作の見どころは、一度は挫折したルイ先生が、5人の園児、その保護者たちと、どのように接したか、である。


 香港映画に、新しい可能性を開こうとする映画作家たちの心意気と覚悟が、じゅうぶんに感じられる。

●Story(あらすじ)

 ルイ・ウェホン(ミリアム・ヨン)は、都会の名門の幼稚園、キング・インターナショナル幼稚園の園長である。今日もまた、裕福そうな父兄が、幼稚園に来て抗議している。息子が優秀なクラスに入れないことへの抗議である。「いろいろと習い事をさせている。私の息子は優秀なはずだ」と。いまや、ルイ園長は、うんざり。幼児のエリート教育に、疲れはてている日々である。

 ルイの夫ドン(ルイス・クー)は、博物館の展示デザイナーで、ミニチュアなどを作っているが、いまや映像で展示が出来るので、仕事への不満が募っている。結婚して10年目の夜、ルイはドンに打ち明ける。「退職したい」と。ドンもまた、「契約の切れる6ヵ月後に、辞めようと考えている」と言う。そして、「世界じゅうの博物館めぐりをする夢を叶えよう」とルイに提案する。

 ルイは、フランス語を習ったり、ジムで体を鍛えようとするが、胸の内にどこか空しさを覚えている。そんなある日、ルイはふと、テレビを見る。「出生率が下がり、幼稚園の閉園が続いている。名門の幼稚園には多くの志願者がいるが、地方の幼稚園は見向きもされない。ユンティエン幼稚園もそのひとつで、園児や資金も足りず、園長や教員が辞職、いまや代理教員が1名、園児は5名。経済的事情で、転園もできない園児たちばかり。ついては、4500香港ドル(約6万円)の安い月給だが、園長を募集している」。

 この報道が、ルイの心に突き刺さる。いてもたってもいられなくなったルイは、郊外のユンティエン幼稚園に車を走らせる。女の子ばかりの園児が5人いる。みんなは、マスクで顔を隠して、警戒しているようだ。ルイは手慣れたもので、5人の園児から笑顔を引き出す。「月給は4500香港ドルしか出せない」と、幼稚園の理事長(スタンリー・フォン)は言う。しかし、ルイの心は決まった。
 ドンはもちろん反対する。「給料の安さはともかく、世界じゅうの博物館めぐりの夢はどうするんだ」。ルイは、つい最近、腫瘍の手術をしたばかり。いきなりの勤務も辛いはずである。ルイは説得する。「いまは3月で、4ヵ月教えたら夏休みになるので、新学期までに、園児たちの転園を助けるだけ」と。

 ルイは、園児たち5人の家庭を訪問する。どこも裕福ではない。それぞれに家庭の事情がある。

 お母さんと弟がいるが、離れて暮らしているシュシュは、お父さんの鉄くず売りを手伝っている。お父さんの体の具合が悪いからだ。台所仕事も、空き缶のサンダルをはいて、シュシュがする。

 パキスタン系のキティとジェニーは、双子の姉妹。両親とも食堂で働いていて、姉妹はもやしを洗ったりの手伝いをする。

 チュチュは、雷の鳴った日に、両親を交通事故で失う。以来、「雷おばけが人間を食べるのが悲しい」と言う。お母さんのいとこのハンおばさん(アンナ・ン)と暮らしている。

 ロ・カカのお父さんは義足である。仕事がないので、お母さんといつも喧嘩ばかりしている。幼稚園に行っている間に、喧嘩をして、両親がいなくなってしまうのが心配で、幼稚園に行きたがらない。

 ルイは、なんとかしたいと思う。みんな転園できるように、ルイはあちこちに相談を始める。いくらルイが努力しても、転園先はなかなか見つからない。あるプランを思いついたルイは、昔の仲間で、いまは教育界でめざましい活躍をしているチン・ボウイ(サミー・リョン)に相談をもちかける。

 園児たちは、無事、転園できるのだろうか。また、ルイとドンの博物館めぐりの旅は実現するのだろうか。(文・二井康雄)

<作品情報>
『小さな園の大きな奇跡』
(C)2015 Universe Entertainment Limited All Rights Reserved

2016年11月5日(土)、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
公式サイト

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