「誰のせいでもない」【今週末見るべき映画】

2016年 11月 11日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 10年ほど前、2台の車に分乗して、関越自動車道を走ったことがある。友人たちの乗っていた車は、十分に車間距離をとっていたにもかかわらず、前の車が急ブレーキをかけて、追突した。なんらかの理由があっての急ブレーキで、100%、前の車の責任でもなかろう。追突したほうは、前方不注意とやらで、少しは責任が生じるらしい。それぞれの被害が少なくて、なによりだったが、もうこれは不可抗力としかいいようがない。


 世の中には、こういったことが多い。悪意もなく、さりげなく口にした言葉が、相手を大いに傷つけることもある。いったい、どうすればいいのか。

 「誰のせいでもない」(トランスフォーマー配給)では、一種、不可抗力な出来事に対して、人はいったいどのように感情が揺れ動くのかの一例があらわになる。

 カナダのモントリオール郊外。視界の悪い雪道を走る車に、幼い兄弟を乗せたソリが急に飛び出してくる。車はソリをはねる。運転していた作家のトマスは、弟に気がつかず、無事だった兄クリストファーを、母親ケイトの家に届ける。弟の不在に、ケイトは半狂乱になる。この事故がきっかけで、トマスはトラウマに陥る。深い責任感からか、トマスは自殺を計ろうとするが未遂。トマスは、つきあっていた恋人のサラと別れ、書き続けていた小説をなんとか、形にする。トマスは、子連れの編集者アンと新しい生活を始めようとしている。


 さらに月日が経つ。トマスのもとに、事故当時は5歳、いまは16歳になったクリストファーから、一通の手紙が届く。

 ひとりの男性と三人の女性の、揺れ動く感情が、暗いトーンで綴られていく。そこに大人へのとば口に立つクリストファーが、トマスに絡んでいく。

 不可抗力の、いわば、誰のせいでもない、ある事件が、それぞれの人生に、深い関わり、意味を持ち続ける。叙述の巧みさで、事件から2年後のトマスとケイトを、さらに4年後のトマスとアンを、さらに4年後のトマスとアン、サラを、監督のヴィム・ヴェンダースは、精密にスケッチする。


 どのような展開になるのか、なかなか読めない。一種のミステリー仕立て。だから、サスペンスが持続する。ヴィム・ヴェンダースが発見したというノルウェーの脚本家、ビョルン・オラフ・ヨハンセンのオリジナル。シナリオである。シナリオは、罪悪感、怒り、赦し、失望などといった、人間のさまざまな感情の襞を、緻密に精密に掬いとる。

 美しい雪景色が寒々として、人物の心象風景を暗示する。ガラス越しに映える雪景色など、見事なカメラワークは、ベルギー生まれのブノワ・デビエで、ギャスパー・ノエ監督の「アレックス」を撮ったカメラマンである。映像は3Dで撮られているが、試写は2Dで見た。ことさら、3Dである必要はないように思えるのだが、監督のヴィム・ヴェンダーズは言う。「人物の心の深い奧こそ3Dで語るにふさわしい」と。


 控えめだが、人物の揺れ動く心情を象徴するような、心に沁みいるようなスコアは、アレクサンドル・デスプラ。「真夜中のピアニスト」、「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」、「英国王のスピーチ」などなど、傑作映画にスコアを提供している名手。

 トマス役はジェームス・フランコ。ケイト役はシャルロット・ゲンズブール。サラ役はレイチェル・マクアダムス、アン役はマリ=ジョゼ・クローズ。それぞれ、適役を得たと思う。ことに、息子の喪失に揺れ動く母親の心情を、抑制ある芝居でみせたシャルロット・ゲンズブールの巧さは特筆もの。


 心の闇が、冷えきった景色を背景に広がっていく。安寧の時間が訪れなくもないが、人の心は、すれ違い、離れ、また寄り添う。多くの傑作を撮り続けているヴィム・ヴェンダースの新境地ともいえる「心のロードムービー」だろう。

●Story(あらすじ)
 モントリオールの郊外。作家のトマス(ジェームズ・フランコ)は、湖近くの雪原の小屋で、小説を書いている。トマスは、恋人のサラ(レイチェル・マクアダムス)と電話で話すが、仲がうまくいっていないようだ。

 冬の夕暮れ。雪が降り積もっている。視界は悪い。トマスが運転する車が、一台のソリをはねる。驚いたトマスは、車を降りる。ひとりの少年が、呆然としているが、無事だったことに安堵する。少年の家はすぐ近くである。トマスは、呆然としている少年を家に送り届ける。少年の母ケイト(シャルロット・ゲンズブール)は、弟がいないことに気づき、狂ったように駈けだしていく。

 トマスは、ソリをはねたけれど、雪に覆われた丘からソリが飛び出してきたので、100%、トマスの責任ではないだろう。弟のことを気遣わなかった少年の責任でもないだろう。また、早く家に戻るように言わなかった母親ケイトのせいでもない。

 深い罪悪感を覚えたトマスの失望は深く、とっさに自殺を計るが、未遂に終わる。見舞いに来た恋人のサラと話し合うが、結局、トマスとサラは別れることになる。いまやトマスにできることは、小説を仕上げることだけとなる。

 2年後。作家として、とりあえずのデビューを飾ったトマスは、かつての事故現場に出向き、ケイトと会う。いったい、あの事故は何だったのか。それぞれに、事故を振り返ることしか出来ない。

 さらに4年後。トマスは、子連れの編集者アン(マリ=ジョゼ・クローズ)と知り合い、新しい生活を築き始めようとしている。トマスとアンは、まだ幼い娘のミナを連れて遊園地に行く。目の前で、観覧車が倒れる。トマスは、平然と、倒れた観覧車から、女性を救い出す。このような事故でも、冷静で平然としているトマスに、アンの心は動揺する。「わたしはこんなにふるえていた。なぜ、緊急のときでも日常生活のように冷静なの」とアン。

 また4年後。ある夜、トマスは、アンとコンサートに出かける。偶然、トマスはサラと出会う。サラはすでに結婚して子供が二人、いる。トマスから、かつて深い心の傷を受けたサラは、トマスに怒りをぶつける。

 トマスに、厚い手紙が届く。それは、いまはもう16歳になったクリストファー(ロバート・ネイラー)からだった。トマスが封を切ると……。

<作品情報>
『誰のせいでもない』
(C)2015 NEUE ROAD MOVIES MONTAUK PRODUCTIONS CANADA BAC FILMS PRODUCTION GÖTA FILM MER FILM ALL RIGHTS RESERVED.

2016年11月12日(土)、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー
公式サイト

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