「湾生回家」 【今週末見るべき映画】台湾生まれの日本人「湾生」を通じ日台を描く

2016年 11月 11日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 1895年から1945年までの約50年間、台湾は日本の統治下にあった。戦前の台湾で生まれ育った約20万人の日本人のことを「湾生」という。当時、日本からは、多くの企業の駐在員や公務員、農業の移民の人たちが台湾に渡る。さきの戦争が終わる。湾生のほとんどの人が、中華民国の方針で、日本へ強制送還となる。


 「湾生回家」(太秦配給)というドキュメンタリー映画は、戦前、台湾で生まれ育った日本人の湾生たちが、故郷である台湾から、日本に強制送還された後、何度も故郷の台湾を訪れ、その望郷の想いを映像で綴っていく。


 清水一也さんは、昭和18年(1943年)生まれの73歳。花蓮港の吉野村(現吉安郷)の生まれ。祖父が村の村長を務めていた。昭和21年(1946年)、3歳のときに花蓮から日本に戻る。台湾での記憶はないが、自身のルーツを探るため、墓参をかねて、定期的に吉安郷を訪れている。


 冨永勝さんは、昭和2年(1927年)生まれの89歳。花蓮港の北埔農場生まれ。北埔農場には、多くの台湾人とタイヤル族が住み、勝少年の仲の良い遊び仲間だった。昭和21年(1946年)、19歳のときに花蓮から日本に戻る。ひとり暮らしの冨永さんは、かつての友人たちを探し求めて、もう40回も台湾を訪れている。再会をはたした友人もいるが、原住民だった友人を訪ねると、すでに亡くなっている。友人の息子がいて、友人にそっくりである。「数ヶ月前に亡くなった」と友人の妻。


 松本洽盛(まつもとこうせい)さんは、昭和12年(1937年)生まれの79歳。花蓮港の瑞穂生まれ。父は警察官で、花蓮港小学校の3年のときに終戦。昭和21年(1946年)、9歳のときに、花蓮から日本に戻る。花蓮には、定期的にロングステイし、いつか移住をと考えている。死ぬ場所は、故郷だった台湾と、すでに決めている。


 家倉多恵子さんは、昭和5年(1930年)生まれの86歳。台北市の生まれ。父は台湾総督府に勤める公務員だった。父の転勤で花蓮の学校に転校。昭和21年(1946年)、花蓮から日本に戻る。旧朝鮮からの引き揚げ者だった五木寛之が、自らを異邦人と考えているように、家倉さんも日本人でありながら、日本では異邦人、日本で暮らすことに苦しみを感じている。定期的に、埔里でロングステイしていると、持病のC型肝炎が快方に向かう。あるとき、台湾で、自分の戸籍を見つける。


 中村信子さんは、昭和5年(1930年)生まれの86歳。台北市の生まれ。幼いころに蘇澳に移住。高等女学校の3年で終戦、昭和21年(1946年)、基隆港から日本に戻る。戻って初めて、台湾が日本の植民地だったことを知る。現在でも、高等女学校の同級生の台湾人と交流があり、毎年、蘇澳に出かけている。

 片山清子さんも、湾生だが、台湾人の親戚に預けられ、台湾に残る。以来80年間、娘や孫の助けで、ずっと母親のいた場所を探し続けている。やっと、その手がかりを見つけるのだが。

 もちろん、映画は、湾生たちの台湾への望郷の念を語るだけではない。個人の力ではどうしようもない、国、政府の意向があっての歴史に翻弄された日本人の現実を、あざやかに切り取っている。


 台湾の年輩の人が、よく言うらしい。「日本は台湾を二度、捨てた」と。1945年は、戦争に負けた日本が台湾を放棄する。1972年は、日中国交回復による台湾との断交である。台湾の放棄は降伏の条件だし、日中国交回復は、それぞれの国益である。個人の力では、どうしようもないことである。湾生たちは、ずっと台湾に留まりたかったはずである。台湾が、生まれ故郷、育った故郷なのだから。

 よく、アイデンティティという。自己確立、自己固有の生き方や価値観の獲得といったほどの意味らしい。終戦後ずっと、湾生たちは、日本にいながら、故郷の台湾を何度も何度も訪ねる。それはとりもなおさず、自らのアイデンティティを発見しようとする旅だろう。映画を見ていると、日本で生まれ、日本で育ち、ずっと日本に住んでいる身でも、いったい自分のアイデンティティとは何なのかを、ふと、問いかけたくなる。


 台湾の歴史、台湾の日本や中国との関係などを調べてみると、すでに高齢の湾生たちの心情が、痛いほど伝わってくるようだ。過酷な歴史がなければ、かつてはポルトガル語で、「フォルモサ」(麗しの島)と呼ばれていた台湾で、平和な人生を送り続けていたことと思う。

 監督は、ホァン・ミンチェンという人で、まだ若い映画作家のようだ。ちなみに、日本の酒井充子監督の撮ったドキュメンタリー映画に、「台湾人生」と「台湾アイデンティティー」がある。どちらも、歴史に翻弄された日本語世代の台湾人の思いを、丁寧に掬いとった傑作である。DVDが発売されているので、「湾生回家」とあわせてご覧いただくと、よりいっそう、台湾を身近に感じるはずである。(文・二井康雄)

<作品情報>
『湾生回家』
(C)田澤文化有限公司

2016年11月12日(土)、岩波ホールにてロードショー
公式サイト

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