幸せなひとりぼっち【今週末見るべき映画】

2016年 12月 16日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 落語「小言幸兵衛」に出てくる大家の幸兵衛さんは、店子たちに小言ばかり言う。やれ挨拶くらいしろ、井戸端会議のおかみさん連中には順番を待つ人もいるんだ、と。あげくは、猫にまでしっかりネズミをとれ、という始末。こういった人は、世界じゅう、どこにもいるようだ。スウェーデン映画「幸せなひとりぼっち」(アンプラグド配給)の主人公オーヴェは、町内の自治会長の経験者で、なにかと口うるさい。ゴミの出し方や、駐車のルールなど、小言ばかり言っている。


 オーヴェは、亡くなった妻のために、花を買おうとする。2つ買うと安くなるクーポンで、1つだけ買おうとするが、売ってくれない。当然、店員に文句を言う。

 16歳から鉄道局に勤めて43年。59歳になるオーヴェは、すでに愛妻を亡くしている。そこに突然、解雇宣告を受ける。孤独である。世をはかなみ、首を吊ろうとする。ところが、隣に、イラン移民の騒々しい人たちが引っ越してくる。首を吊ろうにも、吊れないことになる。

 スウェーデンの人気作家フレドリック・バックマンのデビュー作「オーヴェという男」が原作である。翻訳も出ていて、映画と同じタイトルで、「幸せなひとりぼっち」(坂本あおい 訳・ハヤカワ文庫)だ。バックマンの父親は、気むずかしく、頑固である。そんな父親のことを逐一、ブログに書いたところ、「父にそっくり」、「まるで夫みたい」と多くの反響があった。「オーヴェという男」は、これを基に書いた小説だそうだ。小言幸兵衛は、スウェーデンにも多く存在しているということだろう。


 妻を亡くし、仕事を解雇された初老オーヴェは、世をはかなみ、首を吊ろうとする。よくある話である。悲劇である。ところが、引っ越してきた隣人と、衝突しながらも、次第に打ち解けていく。後半は、頑固で小うるさいオーヴェだが、次第に、亡くなった妻や父親、友人のことを思い出していく。それが、オーヴェの性格からくるものだろうか、ことごとくコメディタッチで描かれる。だから後半は、悲劇が一転、さわやかなドラマに変貌する。

 作り手は、あざとく泣かせようとはしない。ほのぼのと笑わせて、泣かせる。うまい運びに唸る。スウェーデンでは、多くの人が見たという。同じころに公開された「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」を抑えて、かなりの興業成績だったようだ。映画力のある観客が多い証かもしれない。


 脚本を書き、監督したのはハンネス・ホルムという。本作では、「マイライフ・アズ・ア・ドッグ」、「フォレスト・ガンプ」にオマージュを捧げ、「アバウト・シュミット」、「恋愛小説家」をお手本にしたと語っている。たぶん、日本での一般公開が初めてのはず。力量ある作家である。

 主人公のオーヴェ役はロルフ・ラスゴードで、舞台経験が豊富。根は優しいのに、正義感よろしく小言幸兵衛に徹する役どころを、余裕たっぷり、さも楽しげに演じる。隣人のパルヴァネに扮したバハー・パールは、イラン生まれ。初めて見る女優さんだが、表情豊かで、なんともチャーミングだ。


 死ぬのは簡単である。厳しくても、なんとか生き延びれば、いいこともある。希望もまたよみがえる。スウェーデン映画の実力だろう。さわやかな笑いと涙。愉快で爽快。

●Story(あらすじ)

 スウェーデンのとある町。初老の男オーヴェ(ロルフ・ラスゴード)が、ホームセンターの園芸コーナーで花束を買おうとしている。レジに横入りする人に、ちゃんと並べと言う。オーヴェは、2束買うと安くなるクーポンを出して、1束だけでも安くしろと言う。店員に拒否されて、しぶしぶ、2束買うことになる。オーヴェは、亡くなった妻ソーニャ(イーダ・エングボル)の墓に行き、花を供える。

 オーヴェは、平屋の集合住宅に住み、かつては自治会の会長をしていた。いまでも、いろんなルールを守ることに一生懸命で、タバコのポイ捨て犯人を探したり、ゴミの分別ルールを守らせたり、敷地内へのトビラの開閉まで、きちんとしている。いまや、住人たちは、口うるさく頑固なオーヴェに、口もきかないほどである。

 オーヴェは、父の代から鉄道局に勤めている。16歳から43年間、いまは59歳になっている。ある日、年下の上司から呼び出される。デジタル社会である。コンピュータなどとは無縁のオーヴェは、事実上の退職勧告を受ける。「辞めろということか」とオーヴェ。

 妻の墓に行くオーヴェ。家に戻ったオーヴェは、決心したかのようにスーツに着替え、首を吊ろうとする。そこに、ただならぬ騒音が聞こえてくる。家に車がぶつかったような気配である。もう、自殺どころではない。怒って外に出たオーヴェは、引っ越してきたらしい車が、郵便受けにぶつかった車を見る。ここは通行禁止だと怒るオーヴェだが、慣れない場所での運転なのか、しかたなくオーヴェは、車を駐車スペースに入れてやる。

 さて、自殺の続きとオーヴェは首を吊ろうとする。そのとき、窓から子どもたちが覗いているではないか。オーヴェは、いったん、首吊りをあきらめる。夜遅くまで騒がしい隣人に、眠れないオーヴェ。

 隣に引っ越してきたのは、イランからの移民女性のパルヴァネ(バハー・パール)とその家族である。翌日、ヒーターを修理してくれないかと、パルヴァネがやってくるが、「毛布を増やせばいい」と追い払うオーヴェ。また妻の墓に出向いたオーヴェは「おまえがいてくれたらなあ……、さびしいよ」とつぶやく。

 またまた、オーヴェはスーツに着替え、首を吊ろうとする。そこにドアのチャイムが鳴る。パルヴァネが、騒がせたお詫びにと、ペルシャふうのチキン料理を届けにくる。しかも、部屋の掃除までやらせてくれと申し出る。しかし、ここは妻のソーニャとの思い出に満ちたスペースである。次々と、ソーニャと過ごした日々が、オーヴェの脳裏をよぎる。また、国民車のサーブしか乗らなかった父や、親友との確執などの思い出が。

 やがて、オーヴェとパルヴァネは、生まれや育ち、年齢の違いを超えて、打ち解けていくのだが。(文・二井康雄)


<作品情報>
『幸せなひとりぼっち』
(C)Tre Vänner Produktion AB. All rights reserved.

2016年12月17日(土)、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国ロードショー

公式サイト

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