こころに剣士を 【今週末見るべき映画】

2016年 12月 23日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 2016年も、多くの優れた映画を見せていただいた。12月の年末に、とんでもない傑作が現れた。フィンランド、エストニア、ドイツの合作になる「こころに剣士を」(東北新社、STAR CHANNEL MOVIES配給)だ。


 監督は、フィンランドのクラウス・ハロである。もう5年ほど前だろうか、「ヤコブへの手紙」を撮った監督だ。盲目の牧師と、牧師になりかわって、手紙の代読、代筆する女性を通して、愛と信仰の意味を問いかけた傑作である。期待じゅうぶんである。

 「こころに剣士を」の舞台は、1950年代はじめのエストニアのハープサル。ハープサルは、温暖な気候の保養地で、バルト海に面する小さな町だ。チャイコフスキーが1867年に作曲した「ハープサルの思い出(3つの小品)」というピアノ曲の舞台になっている。


 エストニアは、第二次世界大戦中はドイツに、戦争の末期はソ連に占領される。ナチスからスターリンに替わったというだけで、ずっと外国から支配、占領されていた。エストニアが独立したのは、やっと1991年になってからである。

 1950年、ハープサルに、小学校の体育教師としてエンデルという男がやってくる。エンデルは、元はフェンシングの選手だったが、戦時中、ドイツ軍とともにソ連と戦い、脱走している。いまは、ソ連の秘密警察から追われる身で、レニングラードから逃れてきた。教え子の子どもたちの多くは、ソ連の圧政で、父親、祖父を奪われている。エンデルは、まるで父親に成り替わったように、子どもたちにフェンシングを教える。

 子どもたちは、辛い状況を忘れるためにフェンシングに打ち込む。小学校では校長が、エンデルの過去を調査する。レニングラードで、フェンシングの大会が開かれることになる。秘密警察から追われている身のエンデルは、レニングラード行きをためらうのだが……。


 少ないセリフの練られた脚本。静かだが効果的な音楽。バルト海沿岸の美しい風景。ドラマチックな展開。エストニアの名優、子役の演技。おもしろい映画としての条件が満載である。しかも手だれ、緩急自在の演出だ。1971年生まれのクラウス・ハロ監督が衝撃を受けた映画は、スティーブン・スピルバーグ監督の「E.T.」だそうだ。本作では、その衝撃と、監督の力量器量が全開する。


 主人公は、エストニアの俳優で、たいへん人気のあるマルト・アヴァンディ。スウェーデン出身のマックス・フォン・シドーにちょいと似ていて、揺れ動く心理を、ほとんど表情だけで演じる。同じく、エストニアの名優で、レンビット・ウルフサクが、ヤーンという少年の祖父役で出ている。フェンシングを教えてほしいとエンデルに頼む少女マルタ役にリーサ・コッペル。映画出演2本目というが、なかなかどうして。ラストのいちばん感動的なシーンを、みごとにさらってしまう。

 フェンシングは、紳士のスポーツと言われている。真っ正面を見据えて、相手と戦う競技だ。エストニアの子どもたちは、ドイツやソ連の圧政に屈せず、フェンシング同様、真っ正面から、その人生を切り開いていく。


 感動し、涙が出る、と言うのは簡単だが、ご覧になると、必ずや、感動し、涙されることと思う。まことにさわやかな感動、涙である。

 年末年始を飾るにふさわしい、さわやかな映画。どうか、よいお年をお迎えください。

●Story(あらすじ)
 1950年のはじめ、エストニアのバルト海に面した小さな町ハープサル。カバンをひとつ提げたエンデル(マルト・アヴァンディ)が歩いている。

 エンデルは、元フェンシングの選手で、小学校の体育教師として、ハープサルにやってきた。校長は、なぜこんな小さな町にと、不審に思うが、エンデルを採用する。エンデルは、第二次世界大戦中、ドイツ軍とともにソ連と戦っている。いまは、ソ連の秘密警察から追われる身の上のエンデルにとって、ハープサルは、はるかレニングラードから逃れて、選んだ土地だった。

 エンデルは、体制べったりの校長から、スポーツクラブを開くよう要請される。戦時の供出のため、体育館には、スキーの板さえない。エンデルは、体育館で、剣を振る。そこにマルタ(リーサ・コッペル)という少女がやってきて、エンデルに「教えてほしい」と言う。半ば無気力、子どものことをあまり好きでないエンデルだが、マルタの表情を見て、教えることにする。

 当日、多くの子どもたちが体育館に集まり、エンデルは驚く。おそらく、フェンシングは初めてという子どもたちである。エンデルは、基本の姿勢から教え始める。しかし、実物の剣がない。エンデルは、葦を刈り、煮て、何本もの剣らしきものを作る。

 同僚の女教師カドリ(ウルスラ・ラタセップ)の話によると、スターリン政権の指示で、多くの子どもたちの父親、祖父が連行されているらしい。「子どもたちは、何かに打ち込んでいる間だけは、辛いことを忘れる」とカドリ。

 葦の剣での練習が始まる。エンデルは、うまく出来ないヤーン(ヨーナス・コッフ)を、つい叱ってしまう。「先生はぼくたちを嫌いなんだ」とヤーン。その言葉にエンデルは驚き、「必ずりっぱな剣士にしてやる」と約束する。

 練習に励む子どもたちを見た校長は、嫉妬なのか、フェンシングの練習を認めないと言い出す。校長は、以前から、エンデルの過去を調査している。やがて、エンデルの素性がどういうものかを知ることになる。

 校長の反対に、父兄は黙っていない。ヨーンの祖父(レンビット・ウルフサク)をはじめ、父兄たちはエンデルを支持する。

 秘密警察は、いまなおエンデルを追っている。心配した友人のアレクセイは、エンデルにシベリア行きを勧めるが、「子どもを置いていけない」とエンデル。いまや、エンデルは、子どもたちから、師というよりも父親同然に慕われている。エンデルを気遣うアレクセイから、中古だが、フェンシングの面が大量に届く。

 そんな頃、子どもたちが、レニングラードで開かれるフェンシング大会の新聞記事を持ってくる。「大会に出よう」と子どもたち。いま、レニングラードに行くことは、逮捕されに行くようなものである。エンデルと愛を育んできたカドリは、エンデルのレニングラード行きに反対する。

 ヤーンの祖父が連行される。ヤーンは夜遅く、ひとりで練習に励んでいる。エンデルは、ヤーンの姿を眺めているうちに、ついに決意する。「レニングラードに行こう」と。(文・二井康雄)

<作品情報>
『こころに剣士を』
(C)2015 MAKING MOVIES/KICK FILM GmbH/ALLFILM 
2016年12月24日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー

公式サイト

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