ミューズ・アカデミー 【今週末見るべき映画】

2017年 1月 6日 08:00 Category : Art

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 スペインの映画監督に、ホセ・ルイス・ゲリンがいる。注目したのは「シルビアのいる街で」という映画だった。舞台はフランスのストラスブール。画家を志す青年が、以前出会った女性シルビアの面影を追って、街のカフェで、さまざまな女性をスケッチをしている。青年はシルビアに似た女性を見つけ、その後を追う。よくあることで、かつて愛した女性と瓜二つの女性と出会えば、ふと、後を追うことになる。フィクションとドキュメンタリーがないまぜの、新しい映画のスタイルを示してくれた。


 東京国際映画祭で上映されたホセ・ルイス・ゲリン監督の「ミューズ・アカデミー」(コピアポア・フィルム配給)が、このほど、やっと公開されることになった。これまた、ドキュメンタリーとフィクションの境目が、あいまい。バルセロナ大学文献学部のピント教授が、学生たちに「現代のミューズ論」を講義する。ミューズとは何か。古今東西、いろんな芸術作品にはミューズの存在が欠かせない。教授は、該博な知識で、詩論を展開する。学生たちも持論を述べる。


 映画はほとんど、対話からなる。教授と学生たち。学生同士。教授とその妻。教授とその愛人たち。教授の妻と教授の愛人らしき女子学生、女子学生とサルデーニャの羊飼いたち。およそ人生の、人間のさまざまな感情、欲望が、対話のなかに潜んでいる。一見、高尚な詩論、芸術論を装うが、対話からは、男と女の欲望、嫉妬といったさまざまな感情が、徐々に露わになっていく。映画の中ほどからは、それぞれの対話が、いわば、文学的痴話喧嘩の様相を呈してくる。思わず、知識はあるが知恵の欠如した人間の原型を見るようで、笑いころげてしまう。まことに深い、人間観察である。


 ダンテの「神曲」。ペトラルカの詩。アベラールとエロイーズの往復書簡。アーサー王の伝説。ピグマリオンとガラテア、アポロンとダフネ、オルフェウスとエウリディケ、エコーとナルキッソスといったギリシャ神話。こういった作品、ギリシャ神話の一部が、次々と出てくる。もちろん、どのような話なのか、知っているにこしたことはないが、なあに、知らなくてもいっこうにかまわない。映画の前半から、言葉で成り立つ学問が、実生活には、ほとんど意味をなさないことが明確になっていくからである。


 教授との仲が冷えきった妻が言う。「恋愛は文学が作ったもの」。ある女子学生が言う。「美はすべてではない……」。すでに、言葉による対話の、意味のなさが伝わってくる。

 映画は、人物のちょっとした仕草、表情の微妙な変化、発言のニュアンスを、しっかりと捉える。長い時間の映像からの、綿密な編集の賜物と思う。


 ホセ・ルイス・ゲリンは、どのような束縛も、拘束、妥協、取引、契約もなく、自由に、映画「ミューズ・アカデミー」を完成させたようだ。どのようなスタイルの映像にでも成り得た、と言う。このような、幸せな出自の映画は、かつてなかったのではないか。

●Story(あらすじ)
 9月。バルセロナ大学文献学部のピント教授(ラファエレ・ピント)の講義が始まる。教授はイタリア人だが、みごとなカタルーニャ語を話す。講義のテーマは、詩や音楽に登場するミューズ(女神)の歴史的考察から、現代のミューズ像を探るというもの。教授は該博な知識を駆使して、天動説から、詩と音楽、ギリシャ神話、ダンテの「神曲」などを紹介、分析していく。「愛はもっとも高貴な情熱」と、自身のミューズ論を展開していく。

 女子学生の鋭い質問や意見が飛び交う。「無限の愛は、神のみ、なのでは」。教授は、いかなる質問にも、さらりと交わす術を心得ている。

 講義の後、女子学生ふたりが議論している。いつのまにか、話は、性的興奮の話になる。午後、教授の自宅では、教授と妻が議論している。夫婦の中は冷えきっているようで、妻は言う。「恋愛は文学が作りだしたもの」と。教授は、文学と現実は違うと答え、いいわけがましく、「結婚は経済活動の一環だ」と言い放つ。

 11月30日。教授は、講義のなかで、妻の言葉を受け売りする。「恋愛、欲望は詩人の発明品」と。

 12月1日。教授の車のなかで、教授と愛人らしい学生が、欲望や情熱について対話している。その翌日。やはり教授の車のなかで、女子学生が教授にキスをする。教授の家では、妻は沈黙し、教授も発言しない。

 12月3日。女子学生同士は、詩論をぶつけるが、それぞれの恋愛観に会話が弾む。

 12月4日。カフェで女子学生同士が話している。ネットで知り合った男性との顛末を話す。「チャットでも深い意味を託せる」と、言葉を信じている様子だ。ただし、じっさいに会っても、うまくいかず、お互いに失望したことを告白する。

 8日後。教授と女子学生。女子学生は、教授の嫉妬を誘うかのように、彼の話を教授にする。教授は、「言葉をわがものに出来れば、君は真のミューズだ」と誉めたたえるようなフリをする。

 12月13日。ギリシャ神話を引用した教授の講義が続く。

 さて、事態は徐々に、変化しつつある。教授のミューズ論の行方は。そして、教授の妻、女子学生たちは、いったい、教授とどう対峙するのだろうか。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ミューズ・アカデミー」
(C)P.C. GUERIN & ORFEO FILMS

2017年1月7日~1月29日まで東京都写真美術館ホールにて公開
公式サイト

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