エゴン・シーレ 死と乙女 【今週末見るべき映画】

2017年 1月 27日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 いつも思うことだが、人は、かなりひんしゅくをかうような所業をかさねても、優れた芸術作品を生み出す場合、大目に見られることがある。では、作家の不道徳な行為は、芸術の名のもとに、許されるのかどうか。道徳か芸術かは、永遠の課題かもしれない。


 「エゴン・シーレ 死と乙女」(アルバトロス・フィルム配給)を見ると、優れた絵画作品の完成には、およそ作家のエゴイズムや欲望、身勝手さを超えた創作意欲が横たわっていることが分かる。

 これは、シーレとはどのような画家で、激動の時代をどのように生き、傑作といわれている「死と乙女」が、どのようにして成立したかを解き明かす、いわばシーレの伝記ともいえる映画である。原作があって、ヒルデ・ベルガーの書いた「死と乙女:エゴン・シーレと女性たち」で、ベルガー自身も本作の脚本を、監督のディーター・ベルナーと担当している。原作、映画ともども、28年の短い人生だったシーレの史実に、かなり忠実だそうだ。

 女性がヌードになるシーンが多く出てくるが、劣情を刺激するわけではない。いっそ、清々しく、おおらか。日本の浮世絵の一ジャンルでもある春画の、極端に誇張した表現、性を謳歌するような雰囲気、とでもいえようか。


 女性遍歴といえるほどではないが、シーレの女性に対する奔放さが、色濃く描かれる。既成の権威、常識などは、シーレには通用しない。美へのあくなき執念がある。シーレをとりまく女性たちが、とにもかくにも、魅力的である。妹のゲルティ、場末の演芸場で知り合うモデルのモア、シーレが慕う画家クリムトに紹介されたモデルのヴァリ、13歳の少女だったタチアナ、アトリエの向いに住むアデーレとエディットのハルムス姉妹。それぞれが、深く、シーレの、たった28年の短い人生に関わる。


 シーレは、長く生活をともにしているヴァリがいるのに、家柄のいいエディットと結婚する。まことに自分勝手で、それでもなお、ヴァリとの関係を続けようとする。シーレは、アデーレに酷評される。「冷淡で身勝手で思いやりのない男」と。


 エディットと結婚する前に、シーレはヴァリをモデルに、「死と乙女」を描く。有名な絵で、映画資料の表紙もまた、「死と乙女」がトリミングされている。男と女は、乱れたシーツの上で、上半身だけ、抱き合っている。男と女の視線は交わらない。

 エゴン・シーレが残そうとした美とはなにか。シーレは、既成の画壇権力に背を向ける。ヒトラーが2回受験しても入れなかったウィーンの美術アカデミーに入学しても、すぐ退学する。残されたシーレの作品は、シーレがよしとした表現ばかりである。敬愛するクリムトの影響もあっただろうし、日本の春画からヒントも得ている。シーレがなによりも美と信じたのは、フィンセント・ファン・ゴッホである。まるで生まれ変わりのように、シーレは、ゴッホの亡くなった1890年に生まれている。


 一昨年に公開された「ターナー、光に愛を求めて」で描かれたターナーもそうだが、シーレは、ふしだらで身勝手、いまでいうゲスかもしれない。シーレの行状から、シーレのことをなんとでもいえる。しかし、映画からうかがえるのは、それでもなお、自らの信じた美へのあくなき執念である。「Moa」、「黒髪の少女のヌード」、「ヴァリの肖像」といったシーレの絵をじっくり眺めると、シーレの信じた美が垣間見えてくる。

 なじみのない俳優たちだからこそのリアリティ。シーレに扮したノア・サーベトラは、まだ演劇を勉強中である。シーレをとりまく女優たち5人は、年齢は30歳前後、それぞれ個性的である。印象に残るのは、モアに扮したラリッサ・アイミー・ブレイドバッハで、そのヘアスタイルや身のこなしが、なんともコケティッシュだ。本職はファッションモデル。


 監督のディーター・ベルナーは、舞台俳優から演出家を経て、映画畑に進出。映画では、ミヒャエル・ハネケ監督の長編デビュー作「セブンス・コンチネント」に主演したようだが、これは未見である。

 実在の画家を描いた映画は多い。アンドレイ・ルブリョフ、ミケランジェロ、カラヴァッジオ、レンブラント、フェルメール、ゴヤ、ゴーギャン、ゴッホ、クリムト、ピロスマニ、ロートレック、ピカソ、モジリアニ、ニキフォル、ダリ、フリーダ・カーロ、藤田嗣治などなど、映画になるということは、それほど、ドラマチックな人生をおくった画家が多い、ということだろう。

 シーレもまた、短いけれどドラマチックな人生を駆け抜けたひとり。シーレの言葉がいい。「私たちはいつも、未来に目を向けていくしかない。希望をもてない人間は、死者の仲間にすぎない」。その通りだろう。

●Story(あらすじ)
 第一次世界大戦さなかのオーストリアのウィーン。1918年の冬。スペイン風邪が流行している。画家のエゴン・シーレ(ノア・サーベトラ)は、スペイン風邪にかかり、瀕死の状態で、殺風景な部屋のベッドに横たわっている。シーレの妻のエディット(マリー・ユンク)もまた、死の直前である。そこに、シーレの妹ゲルティ(マレシ・リーグナー)が、夫のアントン(トーマス・シューベルト)と娘をふたり連れて、やってくる。ゲルティは、死を目前にした兄シーレを見て、シーレのモデルをした若いころを回想する。

 1910年。19歳のシーレは、名門のウィーン美術アカデミーを退学し、画家仲間のアントンたちと、新しい芸術家仲間のグループ「新芸術家集団」を結成する。安い家賃の家で、シーレは、16歳の妹ゲルティをモデルにして、絵を描いている。ゲルティを描いた絵は、パトロンの男爵が高く買ってくれる。

 シーレたちは、場末の演芸場で騒いでいる。そこでシーレは、褐色の肌をしたヌードモデルのモア(ラリッサ・アイミー・ブレイドバッハ)を友人から紹介される。シーレはたちまちのうちに、モアを口説き、モデルになるよう頼み込む。ゲルティは、「あんな尻軽女」と、嫉妬をかくさない。

 シーレたちのグループは、相変わらず、騒いでいる。シーレのまだ幼なかった頃、父親のことを思い出す。梅毒だった父親、家具や有価証券に火をつける、狂った父親のことを。

 シーレとモアが関係を持つのに、時間はかからない。これみよがしに、ゲルティはアントンに身をまかす。ゲルティの後見人を自負するシーレは、ゲルティとアントンの結婚に反対である。これがきっかけとなり、「新芸術家集団」は、あっけなく解散する。

 1911年。シーレは敬愛するクリムトのアトリエを訪ねる。クリムトもまた、シーレと同様、封建的な画壇を嫌っている。クリムトは、「若すぎる少女を描くのは危険だ」といって、17歳のモデル、ヴァリ(フェレリエ・ペヒナー)をシーレに紹介する。

 シーレは、褐色の肌、赤毛で青い瞳のヴァリに、たちまちのうちに恋をする。シーレとヴァリは、ノイレングバッハで新生活を始める。

 ウィーンでの展覧会のために、シーレとヴァリは、13歳の少女タチアナを同行させる。これが少女誘拐罪として、シーレは告発される。やがて、この事件がきっかけで、パトロンたちがシーレのもとを去ることになる。

 1912年。クリムトの助けもあって、ヴァリはシーレの無実を証言する。「ポルノ絵画ではない、芸術だ」と主張するシーレだが、禁固刑は免れたものの、未成年への道徳侵害の罪に問われ、シーレのデッサンは、燃やされてしまう。

 シーレとヴァリは、ウィーンに戻る。向いには、アデーレ(エリーザベト・ウムラウフト)とエディット(マリー・ユンク)のハルムス姉妹が住んでいる。ちょうど、第一次世界大戦が始まろうとしている。ゲルティは、シーレの反対に逆らって、アントンと結婚する。式に参列したヴァリはシーレのノートに書きつける。「世界じゅうのどんな人とも、恋をしないと誓います」。

 やがて、シーレは兵役検査に合格。これを契機に、シーレの人生は、大きく揺れ動いていく。

<作品情報>
「エゴン・シーレ 死と乙女」
(C)Novotny & Novotny Filmproduktion GmbH

2017年1月28日(土)、 Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
公式サイト

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