エリザのために 【今週末見るべき映画】

2017年 1月 26日 09:00 Category : Art

このエントリーをはてなブックマークに追加

 あからさまに現金は絡まないが、すさまじいほどのコネ社会である。1989年、ルーマニアでチャウシェスク独裁政権が倒れ、表むきは民主化される。ルーマニア、フランス、ベルギー合作の映画「エリザのために」(ファインフィルムズ配給)の舞台は、現在のルーマニア。多くの登場人物が、違法行為も含め、なんらかのコネを利用しようとしている。


 警察病院に勤める外科医のロメオは、警察署長と友人である。18歳の娘エリザをコネ社会から遠ざけようと、イギリスへ留学させようとしている。

 ロメオの不倫相手のサンドラは、エリザの英語の家庭教師だが、言語障がいを抱える息子に、ロメオのコネで、言語療法士をつけたがっている。

 警察署長は、副市長のブライに、兵役を免除してもらっている関係で、ブライにロメオを紹介し、エリザの卒業試験に手ごころを加えてもらえるよう画策する。

 肝臓を患っているブライは、ドナー待ちで、ロメオの立場に期待をかける。試験委員会の委員長シェルバンの妻が、市役所に再就職するにあたっての口利きをする。当然、卒業試験に関わるコネが利く。

 シェルバンは、妻の再就職にあたって、ブライの世話になっている。ブライの依頼をむげに断れない。

 警察で手配書の似顔絵を描いているジェルの名付け親が、ブライである。警察署長経由で、ブライの手術の順番を操作できるよう、ロメオに依頼する。


 いやはや、ずぶずぶのコネ社会、口きき社会である。しかし、これが、いまのルーマニアだけの話とは思えない。おそらく、世界じゅう、どこの国でも、大なり小なり、似たことはあると思う。

 日本の文部科学省官僚の天下り先が、有名な私立大学の教授や職員だったりする。あからさまに私学助成金が絡んでいる。日本の著名な広告代理店などは、大手広告主の子弟を優先的に採用する。なんのコネもない方からすれば腹立たしいけれど、これが現実。お金やコネがあれば、裏口入学や不正入社、天下りや再就職などはどうにでもなる。古今東西、この実態は似たりよったりだろう。

 映画は、コネ社会の実態を描くだけではない。ロメオの母親は、心臓病で脳障がいもある。ロメオとサンドラは不倫中。ロメオとマグダの夫婦仲は冷えきっている。エリザは学校の近くで暴漢に襲われる。

 重要なシーンがある。ロメオが娘のエリザに話しかける。「1991年、民主化に期待して母さんとルーマニアに戻ったが、失敗だった。自分たちの力で山は動くと信じたが、実現できなかった。おまえには、別の道を歩んでほしい」と。


 いまのルーマニア社会の現実が、あざやかにダイジェストされているかのようである。いったい、人は、こういった現実に、どう立ち向かえばいいのか。ルーマニアの現実に危機感を抱え、鋭い問いを突きつける監督は、クリスティアン・ムンジウである。10年ほど前に、「4ヶ月、3週と2日」を撮り、5年ほど前に、「汚れなき祈り」を撮っている。

 脚本もまた、クリスティアン・ムンジウの手になる。監督は、ブカレストの新聞で、レイプされた少女の記事を読む。レイプされるまでの30分ほど、少女は雑踏の中を引きずり回されていたが、だれも止めようとしない。社会のこの無関心がきっかけとなり、映画製作を思いついたという。

 世界のどこにでも起こりうる、普遍的な問題を、わずか5日間のドラマに凝縮した手腕は、非凡そのもの。サスペンスたっぷり、謎めいた展開、リアルな会話劇が、その才能を証明している。2時間8分の映画の時間が、あっという間に過ぎていく。本作は、第69回のカンヌ国際映画祭で監督賞を受けている。当然だろう。


 俳優たちは、リアリズムに徹したムンジウの演出に応える。ロメオ役のアドリアン・ティティエニは、ルーマニアでは高名な俳優で、国立ブカレスト大学で、映画、演劇を教えている。エリザを演じたマリア・ドラグシは、どこかで見たことがあると思っていたが、ミヒャエル・ハネケ監督の「白いリボン」で、聖職者の娘役で出ていた。繊細な心理を、巧みな表情で演じた警察署長役はヴラド・イヴァノフ。これまた、どこかで見たことがあると思っていたが、ムンジウ監督の「4ヶ月、3週と2日」で、堕胎医を演じていた。

 ムンジウは、ルーマニア社会の現実を描き続けている気骨ある作家である。その視野は、ルーマニアの現実を熟視し、世界の現実を俯瞰している。そして、人は、道徳は、倫理は、そして社会はどうあるべきかを問いかけている。ラストシーンを見た観客は、自らに問いかけることばかり、と気づくことになる。

●Story(あらすじ)

 警察病院の外科医ロメオ(アドリアン・ティティエニ)の家に、何者かが石を投げ入れ、ガラスが割れる。外に出たロメオは犯人を探そうとするが、見あたらない。

 ロメオの娘エリザ(マリア・ドラグシ)は、イギリスのケンブリッジ大学への留学を控えている。それには、大学受験資格の取得を兼ねた卒業試験で、いい成績をとらなければならない。ロメオは、病弱の妻マグダ(リア・ブグナル)になり代わって、朝食の準備をして、エリザを車に乗せる。学校の手前で、エリザをおろしたロメオは、不倫相手のサンドラ(マリナ・マノヴィッチ)のもとに向かう。サンドラは、英語の教師で、エリザの家庭教師でもある。

 サンドラと過ごすロメオに電話が入る。エリザが、学校の近くでだれかに襲われたのだ。ロメオは、あわてて病院に駆けつける。幸い、性的暴行ではなく、大事には至らなかったが、エリザは泣き崩れるばかり。

 警察署長(ヴラド・イヴァノフ)は、ロメオの友人である。犯人を必ず捕まえるとロメオに約束する。そこに、似顔絵担当のジェル(アドリアン・ヴァンチーカ)が現れる。ジェルの名付け親である副市長のブライ(ペトレ・チュボタル))が、肝硬変のため、ドナーを探していることを署長に告げる。

 卒業試験の日。ロメオは学校に行き、娘の試験の便宜をはかれないか交渉する。ロメオは、年老いた母親(アレクサンドラ・ダビデスク)を訪ねる。母親は、孫のエリザの海外留学を心配する。ロメオは、ルーマニアの現状に不満を漏らし、「エリザはコネでうまくやるタイプではない」と、海外留学の必要性を母親に説く。

 警察では、署長が、エリザと自分の娘の試験の回答用紙を手にしている。エリザは10点満点の8点で、次の試験で満点をとらないと、留学できないことになる。

 ブライは以前、試験委員会の委員長シェルバン(ジェル・コルチャグ)の妻が産休明けで、市役所への再就職の世話をしたことがある。ロメオは、ある条件と引き換えに、シェルバンを介して、エリザが試験で合格点をとれるよう画策する。

 エリザの2日目の試験の日。ロメオの車のフロントガラスが割られている、ロメオはエリザを学校に送った後、警察に行く。警察の防犯カメラに、エリザが襲われたときの映像が映っている。何人かがその様子を見ているが、みんな、無関心である。

 ロメオは、エリザとつきあっているマリウス(ラレシュ・アンドリチ)に、エリザが襲われた朝、なにをしていたかを問いただす。「バスが遅れた」と言うだけである。

 エリザは、すでに父親の不倫は知っている。父親が考えている以上に、すでにエリザはおとなである。

 エリザの試験の最後の日。警察病院に入院しているブライを拘留するために検察官が病院にやってくる。どうやら、ブライの電話が盗聴されていたようである。検察官は、「捜査は、ブライの件だけではない」と言う。

 果たして、エリザを襲った犯人は判明するのか。また、エリザの試験の結果は。そして、エリザの卒業と留学のために奔走するロメオは、いったい、どうなるのだろうか。(文・二井康雄)

<作品情報>
「エリザのために」
(C)Mobra Films - Why Not Productions - Les Films du Fleuve - France 3 Cinema 2016

2017年1月28日(土)、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
公式サイト

Related article

  • 今週末見るべき映画「素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店」
    今週末見るべき映画「素敵なサプライズ ブリュッセルの奇妙な代理店」
  • 今週末見るべき映画「神々のたそがれ」
    今週末見るべき映画「神々のたそがれ」
  • 今週末見るべき映画「GONZO」
    今週末見るべき映画「GONZO」
  • 今週末見るべき映画「92歳のパリジェンヌ」
    今週末見るべき映画「92歳のパリジェンヌ」
  • 今週末見るべき映画「シャドー・ダンサー」
    今週末見るべき映画「シャドー・ダンサー」
  • 「今週末見るべき映画」2016年を振り返って選んだ10本
    「今週末見るべき映画」2016年を振り返って選んだ10本

Prev & Next

Ranking

  • 1
    ミニマルな建築空間で味わうデザインキッチン|福岡に誕生
  • 2
    日用品のデザイン「SyuRo」/蔵前・鳥越、つくり手の顔が見える街(2)
  • 3
    ナイスガイズ! 【今週末見るべき映画】
  • 4
    雨の日は会えない、晴れた日は君を想う 【今週末見るべき映画】
  • 5
    今週末見るべき映画「あまくない砂糖の話」
  • 6
    BEAMS TがNIKE SPORTSWEARと期間限定ショップ
  • 7
    ブラインド・マッサージ 【今週末見るべき映画】
  • 8
    今週末見るべき映画「ラサへの歩き方 祈りの2400km」
  • 9
    ポルシェ カイエンSプラチナエディションの予約受注を開始
  • 10
    “これからの帽子”を提案。「KAMILAVKA(カミラフカ)」オープン

Excite ism :

このエントリーをはてなブックマークに追加