王様のためのホログラム 【今週末見るべき映画】

2017年 2月 9日 08:00 Category : Art

このエントリーをはてなブックマークに追加

雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 アメリカとサウジアラビアの、異なる文化、風習が衝突する。当然、そこにドラマが生まれる。疲弊したアメリカのビジネスマンが、遠い異国で、果たして癒されるかどうか、ビジネス上の復活を遂げるかどうか。映画「王様のためのホログラム」(ポニーキャニオン配給)は、卓越した文化論である。


 勤めていた自転車の大メーカーからリストラを受け、離婚を経験し、娘の高い学費が必要なアメリカのビジネスマンが、はるか遠いサウジアラビアで、王様に向けて、テレビ会議用の3Dホログラムのプレゼンをして売り込もうという話である。

 原作はアメリカの作家デイヴ・エガーズの同名小説(早川書房・吉田恭子訳)で、主役のビジネスマン、アラン役を演じたトム・ハンクスが、すこぶる気に入った小説で、映画化を熱望したそうだ。小説の冒頭にサミュエル・ベケットが引用される。「我々が必要とされることはめったにない」。


 ベケットは「ゴドーを待ちながら」や「勝負の終わり」などの傑作戯曲を書いたが、この「王様のためのホログラム」では、アランがちっとも顔を見せない王様を待ちわびる。まるで、「王様を待ちながら」なのである。

 王様に、ホログラムのプレゼンを見てもらわなければ、ビジネスにならない。窓口になる担当者、連絡係は不在の連続で、なかなか会えない。王様は、イエメンにいるかと思えば、チャドにいたりする。勤めて一年半になるデンマーク女性は、王様に一度も会ったことがないと言う。先発隊の仲間3人が駐在してはいるが、砂漠の真ん中のテントである。食事は不便、Wi-Fiはつながらない、空調はなし。しかも、アランのもとに、アメリカの上司から、交渉の進捗を問いただす電話がひっきりなしにかかってくる。


 アランは、当然のように体調を崩す。背中に瘤の出来る奇病に侵される。ついには、意識を失ってしまう。

 設定が巧み。砂漠でサーモンが釣れるようにする、「砂漠でサーモン・フィッシング」というイギリス映画を想起するが、似たような設定かもしれない。本作では、アランがいつも乗るタクシーの運転手ユセフと、アランの瘤を手術する女医のハキムのふたりが、アランの運命を変えるほどの働きをする。

 映画のテンポは最後まで、軽快。サウジアラビアでは呑めないはずの酒もあちこちで登場。舞台設定は2010年。中国に技術移転した結果が芳しくなかったことなど、ビジネス上のアメリカと中国の関わりが、さりげなくセリフのなかに出てくる。


 トム・ハンクスは、どのような役柄を演じても、ともかく達者。巧い。よくしゃべり、冗談の多い運転手ユセフに扮したアレクサンダー・ブラック、女医のハキムを演じたサリタ・チョウドリーは、ほとんど知られていない俳優と思うが、トム・ハンクスと渡り合って、遜色ない芝居をみせる。

 大スターが、クライマックス・シーンで、ちょいと顔を見せる。というのも、トム・ハンクス同様、本作の映画化を熱望し、脚本を書き、監督したのがトム・ティクヴァだからである。トム・ティクヴァは、「パフューム ある人殺しの物語」で、いまでは大スターを起用した。監督とトム・ハンクスは、過去・現在・未来にわたる壮大なドラマ「クラウド アトラス」でタッグを組んでいる。


 シカゴの「ユア・ザ・インスピレーション」や、ELO、プレスリーなどに混じって、ヴィヴァルディの「四季」から「春」と「冬」が、さりげなく使われる。音楽に呼応して、その都度、トム・ハンクスのしかめた表情が、とてもいい。


 もう、異文化に身を任せるしかない。アメリカが、中国に販路を求めた産業は破綻、まるで、いまのトランプ発言を予知していたかのよう。アランの残された人生は、たとえビジネスはうまくいかなくても、開き直るしかないのではないかと思う。実際の人生もまた、過去の経験は役に立たず、計算とおりには行かないのだから。

●Story(あらすじ)

 2010年。大手の自転車メーカーの役員アラン・クレイ(トム・ハンクス)は、解任される。自家用車、家、妻を手放すことになる。まだ学生の娘には、多くの学費がかかる。アランは、なんとかIT企業のレリアンド社に働き口を見つける。

 アランの任務は、サウジアラビアの王様に会って、3Dホログラムのテレビ会議システムのプレゼンをして、売り込むこと。上司は、アランが王様の甥と知り合いだったことを知っている。昔、アランが一度だけ会っただけなのだが。

 ともあれ、アランはサウジアラビアのジェッダに向かう。ホテルに着いたアランは熟睡、寝過ごしてしまう。ホテルからのシャトルバスは出た後である。仕方なく、アランはタクシーで、目的地の「国王の経済・貿易新都市」に行こうとする。運転手はユセフ(アレクアンダー・ブラック)という男で、かつてアメリカに留学していたらしい。これが、妙になれなれしく、シカゴの音楽をかけ、「シカゴは好きか」と聞く。アランは、シカゴの町のことかと思い、「冬はきらい」と答える。ユセフは、他人の妻にちょっかいを出し、命をねらわれていることなどを、平気でアランに話す。

 砂漠のなか、新都市に着く。アランは、きれいなビルに入り、サイードと名乗る人物から、国王の考える、2025年の新都市の完成模型を見せてもらう。アランとの連絡係は、カリームという男で、午後3時に会える、という。

 アランは、いったん、先に駐在している仲間たちを訪ねる。そこはテント小屋で、食事も不便、空調もなし、Wi-Fiもつながっていない。午後3時、アランは、仲間をなだめて、不満も訴えようとビルに向かう。受付嬢の答えは、「カリームはジェッダに行って、不在。明日はかならず、社にいる」。

 アランの脳裏をよぎる。娘の学費を捻出するために家を手放したことを。上司から、進行状況を確認する電話が入る。

 ホテルの部屋で、アランは背中にできた大きな瘤を見つける。フロントにビールかなにかと注文するが、ここはアルコールは呑めない国。コーラでがまんするアラン。ホテルから父親のロン(トム・スケリット)に電話する。オークランドでは、中国人が大きな橋を作っているぞ、アメリカ経済は空洞化だ、とロン。

 翌朝、また寝過ごしたアランは、ユセフのタクシーで新都市に向かう。受付嬢は、「昨夜、予定が変更になり、カリームはリヤドにいる。明日は必ず会える」とのこと。

 アランは、ビルのなかでデンマーク女性のハンナ(シセ・バベット・クヌッセン)と知り合う。勤めて1年半、国王に会ったことがないという。ハンナは、オリーブオイルの瓶に入った、強い酒をくれる。夜、酔っぱらったアランは、瘤を切り落とそうとする。

 翌朝、アランの背中の血をみたヨセフは、病院に連れていく。治療にあたったのが地元の美人女医のハキム(サリタ・チョウドリー)で、「単なる脂肪腫と思うが、念のため、組織検査を」と、的確な診断を下す。サウジアラビアに来て、初めてほっとするアラン。

 万事、サウジアラビアのルールに翻弄されるアランだが、いまだ、担当者、連絡係にすら会えない。まして国王にも。アメリカの上司からは、催促の電話やメールが続々と入る。

 アランのビジネスは、いったい、どうなるのだろうか。

<作品情報>
「王様のためのホログラム」
(C)2016 HOLOGRAM FOR THE KING LTD. ALL RIGHTS RESERVED.

2017年2月10日(金)、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
公式サイト

Related article

  • 今週末見るべき映画「ステーキ・レボリューション」
    今週末見るべき映画「ステーキ・レボリューション」
  • 今週末見るべき映画「ルック・オブ・サイレンス」
    今週末見るべき映画「ルック・オブ・サイレンス」
  • 「HOME 空から見た地球」公開記念、グッチ限定商品
    「HOME 空から見た地球」公開記念、グッチ限定商品
  • 今週末見るべき映画『さあ帰ろう、ペダルをこいで』
    今週末見るべき映画『さあ帰ろう、ペダルをこいで』
  • 今週末見るべき映画「神々のたそがれ」
    今週末見るべき映画「神々のたそがれ」
  • 今週末見るべき映画「マリア・カラスの真実」
    今週末見るべき映画「マリア・カラスの真実」

Prev & Next

Ranking

  • 1
    日用品のデザイン「SyuRo」/蔵前・鳥越、つくり手の顔が見える街(2)
  • 2
    ミニマルな建築空間で味わうデザインキッチン|福岡に誕生
  • 3
    たかが世界の終わり 【今週末見るべき映画】
  • 4
    極上の家具デザイン。最新作を旭川に訪ねて<前編>
  • 5
    ルイス・ポールセンからLEDのデザイン照明
  • 6
    家族の肖像 【今週末見るべき映画】
  • 7
    「星のや 竹富島」、6月に誕生
  • 8
    見どころ教えます、まもなく開催「デザインタイドトーキョー」
  • 9
    ナイスガイズ! 【今週末見るべき映画】
  • 10
    雨の日は会えない、晴れた日は君を想う 【今週末見るべき映画】

Excite ism :

このエントリーをはてなブックマークに追加