たかが世界の終わり 【今週末見るべき映画】

2017年 2月 10日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 1995年、38歳の若さで亡くなったフランスの劇作家ジャン=リュック・ラガルスの戯曲「まさに世界の終わり」(れんが書房新社・齋藤公一訳)を、3年ほど前に読んだ。


 近くやってくる自らの死を告げるために、34歳になる作家のルイが、12年ぶりに実家に戻ってくる。家には、61歳の母親、32歳の弟アントワーヌ、その妻で32歳になるカトリーヌ、23歳の妹シュザンヌの4人が集まっている。ルイは、かんじんのことをなかなか言い出せない。5人のそれぞれの長い独白が続く。やがて、兄のはっきりしない態度に、弟は過去の兄との確執をぶつける。

 ト書きはまったく、ない。だから、演出家の力量、俳優の実力が問われる舞台劇だ。


 これをグザヴィエ・ドランが映画にした。しかも、第69回のカンヌ国際映画祭で、第2位にあたるグランプリを受けた。タイトルは原作を少し変えて、「たかが世界の終わり」(ギャガ配給)となる。タイトルの「まさに」を、「たかが」に変更しただけだが、そのニュアンスは大いに違う。ちなみに原作のタイトルは「Juste la fin du monde」だから、やはり、「まさに」なのだろう。

 映画では、兄と弟が入れ替わっているが、原作戯曲の結構をほぼそのまま継承している。また、長い独白は、ルイを除いて、それぞれのセリフのなかにうまく分散されている。原作では、母親の名前が分からないが、映画では、マルティーヌとなっている。原作を損なうほどの変更点ではないだろう。


 ラガルスは、ベケットやイヨネスコといった、いわゆる不条理演劇の作劇術の影響を受けたと思われる。が、戯曲を翻訳で読む限りでは、すでにラガルスは、独自の作劇術を手にしていると思われる。

 いったいに、一般の家族というものは、仲が良く、愛し合っているだけではない。ふだんの、悪気のないちょっとした一言が、家族の誰かを深く傷つけることがある。相手を気遣っていながらも、意思の通じた会話に至らない。本音なのかどうかも、明確ではない。会話そのものに、深い意味があるようで、ない。そもそも、人間の心理状態は、理屈で割り切れるほど、単純ではない。まことに複雑で捉えがたいものだろう。


 このような原作を、ドランがどのように映画にしたのか。興味はこの一点に尽きる。

 ドランは、カンヌ国際映画祭での受賞スピーチで述べる。「登場する人物は意地悪く、時に毒を吐きますが、何よりみな心に傷を負った人たちです。彼らは我々の周りにいる人たち、母や兄弟、姉妹たちの多くがそうであるように、恐怖を感じ、自信を失い、愛されていると確信できないで生きています。そんな登場人物たちの感情を描き出すことを、僕は目指しました」と。映画では、ドランの言うとおり、登場人物の揺れ動く感情が、あざやかに描かれている。

 ドランは、若くして、すでに5本もの映画を監督している。どれも意欲あふれた秀作そろい。ラガルスの傑作戯曲を原作に得て、いっそう、人間の心理、家族の関係性に深く踏み込み、その感情描写は、さらに進化を遂げたと思う。恐るべき才能、脱帽である。

 俳優にものすごいメンバーが集結した。ルイに扮したのはギャスパー・ウリエル、母親マルティーヌ役はナタリー・バイ、妹シュザンヌ役はレア・セドゥ、兄アントワーヌ役はヴァンサン・カッセル、その妻カトリーヌ役はマリオン・コティヤール。特筆すべきは、セリフが極端に少ないギャスパー・ウリエル。ドランの演出に応えて、クローズアップされた微細な表情の変化で、ルイ役を演じきった。

 音楽の選曲が、相変わらず、巧い。歌詞の内容が、本編の展開に呼応する。オープニングは、カミーユの「ミュージック・ホール」に収録された「ホーム」。また、グライムスの「ヴィジョンズ」に収録された「Genesis」、モービーの「Play」に収録された「ナチュラル・ブルース」など。オリジナル・スコアは、「トム・アット・ザ・ファーム」に続いて、ドランとコンビを組んだガブリエル・ヤレド。静謐だが、心の不安に寄り添うような、印象深いサウンドだ。


 本作は、「Mommy/マミー」で、ドランとともに衣装デザインを担当した、ドランの盟友でもあった、亡きフランソワ・バルボに捧げられる。

 家族といえど他者、独立した自我である。そのさまざまな感情を描き、人間の本質を提出する。ドラン、28歳。今後、どのような映画を撮るか。楽しみは尽きない。

●Story(あらすじ)

 ルイ(ギャスパー・ウリエル)は34歳。若くして名声を手に入れた作家である。病名は明らかにされないが、死期が迫っている。ルイは、自らの死を家族に告げるために、12年ぶりに実家を訪れる。
 空港からタクシーに乗り、実家に着く。実家には、母のマルティーヌ(ナタリー・バイ)と妹のシュザンヌ(レア・セドゥ)が住んでいて、この日は、兄のアントワーヌ(ヴァンサン・カッセル)とその妻のカトリーヌ(マリオン・コティヤール)が実家にやってきている。

 シュザンヌは、ルイが家を離れたときは、まだ幼くて、ほとんど兄の記憶はない。もちろん、カトリーヌは初対面である。

 アントワーヌは、どこか機嫌が悪く、表面では歓迎しつつも、弟の帰郷を快く思っていない態度を見せる。弟がゲイだからか、名をあげたことへの嫉妬なのかは、はっきりしない。カトリーヌがルイに子供の話をしても、「ルイが退屈なのが分からないのか」と言ったり、シュザンヌのちょいと派手な服装や化粧に注文をつけたりする。

 アントワーヌとシュザンヌが言い争うなか、ルイとカトリーヌの視線が交差する。カトリーヌは、ルイに、自分の子供になぜルイと名付けたかを話しだす。

 それとなく気まずい雰囲気を感じた母親は、なんとか場を収めようと気遣いをみせる。シュザンヌは、ルイを自室に招く。シュザンヌは、都会で成功したルイの雑誌や新聞の記事をスクラップしている。シュザンヌは、責めるような口調で、ルイから届いた絵葉書にほんの少ししか近況が書かれていないことを指摘する。「妊娠したの」と聞くシュザンヌの冗談も、どこか空虚に響く。

 物置に、ルイと母がいる。近況を伝えてこないルイに不満をもらしながらも、母は、「愛している」とルイを抱きしめる。ルイは、うまく言葉にできないままである。

 昼食が始まる。アントワーヌの毒舌が加速していく。思わず、アントワーヌとシュザンヌが罵り合う。シュザンヌは席を離れ、母はアントワーヌを叱り、なだめようとする。

 ルイはひとり、自分の部屋にこもり、かつての日々を思い起こす。

 やがて、兄アントワーヌは、弟ルイへの激しい言葉を繰り出していく。ルイは、まだ、近く自分が死ぬことを家族に言い出せないままである。

<作品情報>
「たかが世界の終わり」
(C)Shayne Laverdiere, Sons of Manual


2017年2月11日(土)、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
公式サイト

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