家族の肖像 【今週末見るべき映画】

2017年 2月 10日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 イタリアの映画監督、ルキーノ・ヴィスコンティは1906年生まれ。亡くなったのは1976年である。昨年が生誕110年、没後40年になる。このほど、ヴィスコンティ晩年の傑作「家族の肖像」(ザジフィルムズ配給)が、39年を経てリバイバル公開される。デジタル完全修復版という。画像が鮮明、音声もくっきり。もともと完璧にして風格ある映画である。


 ローマの、古いが格式のある住宅に暮らす老教授のもとに、伯爵の夫人と名乗るビアンカと、その娘リエッタ、リエッタのフィアンセのステファーノ、ビアンカの若い愛人のコンラッドが、なかば強引に、教授の部屋の上の階を借りてしまう。多くの肖像画、美術品に囲まれて、ひっそりと暮らす教授の日常が、かき乱されていく。

 1972年、ヴィスコンティは、「ルートヴィヒ」の編集中に脳血栓で倒れる。本来、映画にしたかったトーマス・マンの「魔の山」や、マルセル・プルーストの「失われた時を求めて」などの製作を断念したころである。ヴィスコンティたちは、単純でシンプルな映画製作をスタートさせる。それが、「家族の肖像」である。


 突然の乱入者たちの立ち居振る舞いに、温厚な教授は不快感を示す。ところが、ビアンカの愛人のコンラッドと話すうちに、コンラッドが、音楽や美術に造詣が深く、豊かな教養の持ち主であることを知る。教授は、傍若無人に振る舞うビアンカたちと接触するうちに、少しずつだが、その心境に変化が生じ始める。

 映画のテーマを暗示する重要なシーンがある。ふと教授が、ニューヨークから取り寄せたレコードをかける。モーツァルトのコンサート用のアリア「あなたに明かしたい、おお神よ」だ。教授のそばで、あちこちに電話をかけていたコンラッドが、ふと音楽に聞き入る。教授は、「バーンスタインが来る」と言う。コンラッドは、「いちばん好きなアリアだ、ベーム盤を持っている」ときりかえす。おどろく教授。


 指揮者のレナード・バーンスタインとカール・ベームが活躍していた時期は、ほぼ同じ頃である。ざっくり言えば、バーンスタインは先進的、ベームは保守的である。このふたりの、K.418のアリアを指揮した録音があるかどうかは寡聞にして知らないが、あざやかな対比である。科学を教えていた教授は、ヨーロッパの文明に失望を覚えている。だからこそのバーンスタインだろう。一方、過激な学生運動に身を投じていたコンラッドは、逆に、保守的なベーム盤を持っている。


 教授の室内には、多くの肖像画が飾ってある。コンラッドは、なかの一枚に目を止め、「アーサー・ディヴィスですね」と言う。「同じような絵で、建物が正面にある絵を友人が持っている」とつけ加える。後日、コンラッドは、その絵の写真を教授に見せ、独自の解釈を加える。驚く教授。

 時代は、つねに変化する。時代に流される者もいれば、抵抗しようとする者もいる。ひきこもってもなお、時代の流れを変えようと試みる教授に、時代を変えようとして挫折するコンラッド。ヴィスコンティは、ミラノ大公の血をひく貴族で、のちにレジスタンス運動に身を投じている。教授とコンラッドは、まるでヴィスコンティの分身でもあるかのようだ。


 マリア・カラス主演の「椿姫」など、数々のオペラ演出もあるヴィスコンティである。映画で使われた楽曲が、見事にはまっている。マンニーノの「チェロとオーケストラのためのコンチェルト」、モーツァルトの「ヴァイオリンとヴィオラのための合奏協奏曲」。さらに、新しい世代を象徴するポップスは、イーヴァ・ザニッキの「心遙かに」、カテリーナ・カセッリの「憧れ」が選ばれている。

 劇中、娘のリエッタが朗読する詩は、生涯、ゲイを貫いたW・H・オーデンの「墓場にセックス・ライフはない」である。これまた、映画「家族の肖像」に潜ませた、ヴィスコンティの鎮魂歌でもある。


 ヴィスコンティだからこその俳優たちが揃う。名前は明かされないが、老教授役はバート・ランカスター。伯爵夫人ビアンカ役はシルヴァーナ・マンガーノ。その娘リエッタ役はクラウディア・マルサーニ。リエッタのフィアンセのステファーノ役はステファーノ・パトリッツィ。コンラッド役は、ヴィスコンティが寵愛したヘルムート・バーガーである。さらに、クレジットはされていないが、教授の回想シーンで登場するのは、教授の母親役がドミニク・サンダ、妻役がクラウディア・カルディナーレという豪華版。唖然とするほどの、なんという美しさ。

 時代を描き、人間を描く。風格、美意識、品、いずれも兼ね備えた傑作である。

●Story(あらすじ)

 ローマ。多くの肖像画や美術品に囲まれて、老教授(バート・ランカスター)がひっそりと暮らしている。ある日、教授に絵を売り込みにきた画商にまぎれて、豪華なコートを着た伯爵夫人ビアンカ(シルヴァーナ・マンガーノ)がやってきている。教授の部屋で空いている2階を貸してほしい、と。教授は、部屋を貸すつもりはないと、はねつける。しかし、ビアンカは強引にも、娘のリエッタ(クラウディア・マルサーニ)、そのフィアンセのステファーノ(ステファーノ・パトリッツィ)、ビアンカの愛人コンラッド(ヘルムート・バーガー)を引連れて、半ば強引に、1年の貸家契約を結ぼうとする。

 教授の部屋の2階に住むのは、実際にはコンラッドひとり。突然、階上からの騒音が響き、台所の天井が剥がれ落ち、水漏れが始まる。教授は猛然と抗議するが、ビアンカは、教授が入手しようとしていた絵を利用して、なんとか善後策をつけてしまう。

 教授は、コンラッドと話すうちに、コンラッドが、かなり教養のある青年であることが分かる。音楽、美術にも、たいへん詳しい。教授は、コンラッドに多大の興味を覚えるようになる。教授は、ビアンカたちを食事に招くが、なぜか約束の時間に、ひとりも現れない。

 ある夜、またまた階上から物音がする。上にあがった教授は、何者かが逃げ出していくのを目撃する。コンラッドが顔にひどいケガをしている。教授は、戦争中にユダヤ人やパルチザンをかくまった秘密の部屋にコンラッドを運び、手厚く介抱してやる。かつての学生運動のせいか、麻薬やギャンブルがらみの借金のせいか、ともかく、コンラッドが追われている身であることを教授は悟る。

 階上から、高い音量で音楽が聞こえてくる。上にあがった教授は、裸で抱き合っている3人の若者を目の当たりにする。人なつっこいリエッタは、教授に対して、自分たちのパーティに来ないかと誘う。教授の脳裏に、母親や妻の姿が浮かぶ。

 警察沙汰になる。拘束されたコンラッドが教授の家にいたことを証言した結果である。教授とビアンカたちの間での言い争いが続く。

 コンラッドが拘束から解放される。関係をなんとか修復しようと、ある夜、教授はビアンカたちを食事に招待する。若者3人に遅れて、ビアンカがやってくる。ビアンカはすでに夫と離婚している。愛人であるコンラッドとも、いっしょに暮らすつもりがないことを宣言する。ビアンカとコンラッドは、痴話喧嘩さながらの言い争いになる。

 「まるで家族のようね」と思ったリエッタだが、コンラッドは、ビアンカだけでなく、ステファーノとまで口論となり、席は大混乱する。唖然としながら教授は、自らの胸のうちに、過去と現在の心境を語り始める。(文・二井康雄)

<作品情報>
「家族の肖像」
(C)Minerva Pictures

2017年2月11日(土)、岩波ホールほか全国ロードショー
公式サイト

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