雨の日は会えない、晴れた日は君を想う 【今週末見るべき映画】

2017年 2月 17日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 なんとも切ない話である。映画のタイトルが「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」(ファントム・フィルム配給)だからである。つまり、想うだけで、いつだって、会えない。原題は「Demolition」で、建物などの取り壊し、特権などの打破、である。日本語のタイトルは抒情的で、いったい映画とのつながりがあるものだろうかと思いながら、映画を見た。もちろん原題には、物理的にものを破壊するだけでなく、権力やひとのこころといった目に見えないものの破壊をも意味していると思われる。


 若くして出世、エリート銀行マンのデイヴィスが、妻を車の事故で亡くす。悲しいはずなのに涙が出ない。デイヴィスは自らに問う。「妻をほんとうに愛していたのか」と。妻の父親は、デイヴィスの上司で、経営者でもある。義父は言う。「心の修理も車の修理も同じこと。まず隅々まで点検して、組み立て直すんだ」。デイヴィスは、身の回りのいろんなものを、徹底的に点検するために、かたっぱしから壊し始める。原題通り、まさにデモリッション。


 まだ幼かったころ、母方の祖母が同居していて、母と言い争いになり、祖母はご飯茶碗などを床に投げつけて、割ってしまった。一度だけではない。その都度、ご飯茶碗が新しくなったが、祖母は、破壊することで、一種のカタルシスを得ていたのだと、今にして思う。割ったあとは、すっきり。母とすぐに仲直りしていた。


 デイヴィスの場合は、ひとりである。義父がいろいろと援助し気遣うが、破壊行為は止まらない。思わず、あっ、もったいないと叫びそうになる。なにをどのように壊すかは、見どころでもある。

 やがて、ふとしたきっかけから、あるシングルマザーと、その15歳になる息子と知り合うことになる。ドラマは一気に、転調していく。


 人生というものは、一時、たいへん幸せでも、いっきょに不幸のどん底に落ちることがある。その時、人はどうするか。鋭い問いかけの優れた脚本を書き、共同プロデューサーを務めたのは、ブライアン・サイプである。傑作「きみがくれた物語」の脚本を書いたので、ご存知の方が多いかと思う。


 監督のジャン=マルク・ヴァレは、「ダラス・バイヤーズクラブ」、「私に会うまでの1600キロ」を撮っている。いずれも、現在の不遇な状況から、どうすれば抜け出せるかを、暖かいまなざしで描いた。本作でもまた、ジャン=マルク・ヴァレは、デイヴィスの陥った現在の困難な状況から、いかに抜け出せるかの困難、奮闘ぶりを、優しく、なめらかに綴っていく。人物の繊細な心理を、過不足なく描ける数少ない作家のひとりだろう。

 さて、デイヴィスは、妻の残したあるものを見つける。そして、手際よく、こころ震えるラストに観客を導いていく。原題とは関係のないタイトルだが、ラストに至って、このタイトルも悪くないなと思える。


 デイヴィスに扮したのは、ジェイク・ギレンホールである。「遠い空の向こうに」では、まだ高校生だったと記憶しているが、「ナイトクローラー」では、自己中心的なパパラッチ役を熱演。いまや童顔は消え、すっかり、いい中年男役が似合うようになった。

 義父を演じたのは、ごひいきのクリス・クーパーである。「アメリカン・ビューティー」、「アダプテーション」など、地味で渋い役柄が多いけれど、ドラマの構成上では、いつも重要な役どころを演じ、芸域の広さ、深さを感じる。


 世界には、お金で買えないものが多くある。壊そうとしても、壊れないものがある。人生には、いいこともあれば、悪いこともある。晴れた日ばかりではない。それでも人は生きていく。生きていくしかない。「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」の主人公は、物理的にものを破壊するが、自ら、目に見えないこころをも破壊する。すべて、隠喩である。破壊したのは主人公である。再生を果たすのも、主人公しか、いない。

●Story(あらすじ)

 デイヴィスは、まだ30歳なかば。若くして成功、金も名誉も手に入れた。しかも妻のジュリア(ヘザー・リンド)は、デイヴィスの勤める金融関係の会社の経営者フィル(クリス・クーパー)の娘である。高級な高層マンションに住み、将来も有望、なんの苦労もない暮らしぶりである。

 ある日、出勤途中の車に、デイヴィスは妻のジュリアを乗せている。ショパンのノクターンが流れている。突然、車が事故を起こす。デイヴィスは無事だったが、ジュリアはひどい怪我を負っている。ジュリアを病院に運んだデイヴィスは、空腹のため、自動販売機で、25セントのチョコ菓子を買おうとする。商品が出てこない。病院の詰所に掛け合うが、機械は管理会社の管轄になるので、苦情はそちらのほうにと素っ気ない。

 ジュリアが亡くなる。呆然とするデイヴィスだが、なぜか、悲しみの感情が湧かず、涙は出ない。休む予定を早めてデイヴィスは出社する。表情は、どこか思い詰めているようだ。デイヴィスは、自動販売機を管理している会社に、丁寧に苦情の手紙を書く。

 娘を亡くして、落ち込んでいるボスのフィルは、デイヴィスのことを、いろいろと気遣い、励ます。「心の修理も車の修理も同じこと。まず隅々まで点検して、組み立て直すんだ」。

 この義父にあたるフィルの言葉をきっかけに、デイヴィスの奇々怪々な行動が連続する。自宅の冷蔵庫、ジュリアのドレッサー、会社の水洗トイレにパソコンなどを分解し始める。これを知ったフィルはデイヴィスを諭すが、デイヴィスは、「仕組みが気になる。分解して、部品を点検したい」と答える。フィルは、戸惑いながらもデイヴィスを励まし、元のデイヴィスに戻そうと務めるが、なかなかうまくいかない。会社に行かなくなったデイヴィスは、いまや、解体屋で働き出す。

 デイヴィスのもとに、自動販売機の管理会社から連絡が入る。深夜に電話をかけてきたのは、顧客担当のカレン(ナオミ・ワッツ)からである。ふたりのやりとりが続く。やがて、デイヴィスは、カレンの置かれた状況を理解しだす。カレンは、15歳になる息子のクリス(ジューダ・ルイス)とふたり暮らしである。クリスは、ロック好きで、自宅では大きな音でロックを流す。また、学校では、アフガニスタンの軍事駐留について抗議をして、停学処分を受けたりで、学校からみれば問題児である。

 それでも、いつのまにか、デイヴィスは、カレンとクリスとこころを通わせるようになっていく。

 そして、デイヴィスは決断する。いまの状況を打開するには、いったい何をしなければならないのか。さらに過激な行動に出るデイヴィスだが、そこで、妻の残したあるものを発見する。それは……。(文・二井康雄)

<作品情報>
「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」
(C)2015 Twentieth Century Fox Film Corporation, Demolition Movie, LLC and TSG Entertainment Finance LLC. All Rights Reserved.

2017年2月18日(土)、新宿シネマカリテほか全国ロードショー
公式サイト

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