お嬢さん 【今週末見るべき映画】

2017年 3月 2日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 原作の小説がおもしろくても、いざ映画にすると、ダメな例は枚挙にいとまがない。原作、映画、ともにすぐれた例の最近作が「お嬢さん」(ファントム・フィルム配給)かと思う。


 イギリスの作家、サラ・ウォーターズの3番目の小説「荊の城」(創元推理文庫・中村有希 訳)を読んだのは10年ほど前だが、これはおもしろいミステリーだった。17歳のスーザン・トリンダーことスウは、19世紀なかばのロンドンで、詐欺まがいの故買屋で暮らす孤児である。ある日、「紳士」と呼ばれている、顔見知りの詐欺師リチャード・リヴァーズがスウのもとにやってくる。スウのスリの腕を知っているリヴァーズは、ある計画をスウに持ちかける。郊外の荊の城に住む、世間知らずの令嬢モード・リリーをたぶらかして結婚し、その巨額の財産をいただこうという訳である。スウは、礼儀作法を身に付け、令嬢の侍女として城に雇われる。スウの役割は、モードに忠実さを装い、リヴァースと結婚できるよう、働きかけること。

 上下2巻の長編ながら、スピード感たっぷりのミステリー。しかもスウの住んでいるレント街は、チャールズ・ディケンズゆかりの地でもある。デイケンズは、レント街近くの監獄で、公開絞首刑を見ていて、タイムズ紙に公開絞首刑を非難する手紙を送っている。「荊の城」の下巻には、ズバリ、ディケンズの「オリバー・ツイスト」の話が出てくる。


 映画は、原作の19世紀なかばのロンドンから、1939年の日本統治下の朝鮮半島に置き換えている。原作の荊の城は、映画では、イギリスと日本の建築がないまぜになった豪邸という設定である。物語の骨格は、長い原作を巧みにダイジェストして、いくつかの重要なシーンは、原作のシーンを再現している。ラストは、原作とはいささか異なるが、映画には、監督自身の日本とイギリスへの敬意が込められ、映画化はほぼ成功といえる。


 映画の舞台は、朝鮮半島のどこか。日本語の本でいっぱいの、図書館のような部屋まである豪邸である。日本の華族の令嬢、秀子は、ほとんど外の世界を知らないまま、なにかと権威主義的な叔父の上月と暮らしている。そこに、メイドとして、スッキこと珠子が雇われる。孤児の珠子は、顔見知りの詐欺師で、「伯爵」と名乗る韓国人の藤原と結託し、秀子の所有する莫大な財産を乗っ取るべく、結婚詐欺を実行しようとする。やがて、秀子の世話をするうちに、珠子は秀子に曳かれ、秀子もまた、珠子に曳かれていく。


 日本語のセリフに、やや違和感があるが、まあ我慢できる範囲。女性同士のベッドシーンがある。卑猥な日本語が飛び出す。女性同士の愛に、ふと笑いを誘うセリフが散りばめられている。また、後半、いささか残酷なシーンもある。基本的には、結婚詐欺が成立するかしないかの話だが、けっして単純なドラマではない。世には不幸な出自の人が多い。悪に手を染める人も多い。それでも、人を愛し、愛されることを願う。そのような人間を、精密に造型したディケンズに、サラ・ウォーターズは、大きな影響を受けていると思う。映画にもまた、出自の不幸を乗り越えようとする人間の業が、精緻に描かれる。


 映画を貫くトーンは、おどろおどろしく、展開が読みづらい。だからこそのミステリーなのだろう。原作の骨格を損なうことなく、構成に工夫が読みとれる。映像、構図、色彩に、パヌ・チャヌク独自の美意識がある。「オールド・ボーイ」で示した感性に、さらに磨きがかかる。

 モデルから女優に転じたキム・ミニが、お嬢さんの秀子を演じる。一見、従順に見えるが、内に秘めた自らの想いを、少しずつ露わにしていく難役をこなす。珠子役は、オーディションで選ばれたキム・テリ。まだあどけなさが残るが、気丈夫な主役を、眼光鋭く演じて、将来が楽しみ。


 ディケンズの流れを受け継ぐイギリスのミステリーを原作に、韓国の映画作家が、日本とイギリスへの敬愛を捧げる。



 映画をご覧になり、「荊の城」を読まれ、また映画を見た後、平田オリザの戯曲「ソウル市民3部作」(DVD化されている)の「ソウル市民」、「ソウル市民1919」、「ソウル市民 昭和望郷編」をご覧になると、映画の背景についての理解が、さらに深まることと思う。

●Story(あらすじ)

 日本が統治する1939年の朝鮮半島。赤ちゃんを売買したりの、いかがわしい連中の住む場所がある。孤児の少女スッキ(キム・テリ)は、そんな詐欺まがいの一味に育てられ、ある企みに加担することになり、車に乗せられて、日本人の住む豪邸に向かう。スッキは、日本名で珠子と名乗り、豪邸に住む、世間知らずの令嬢、秀子(キム・ミニ)のメイドとして仕えることになる。

 メイドは表向きである。じつは、藤原(ハ・ジョンウ)という日本名を名乗り、「伯爵」と呼ばれている詐欺師が、秀子の財産を目当てに、珠子と結託して、結婚詐欺を仕組んでいる。秀子は、ぼうだいな稀少本を所有し、華族である叔父の上月(チョ・ジヌン)と暮らしている。

 藤原は、おかしな日本語を操り、稀少本の装丁などの名目で上月に取り入る。そして、珠子のサポートで、秀子と結婚できるように画策をめぐらす。珠子は、秀子に接近、少しずつ、その距離を縮めていく。

 珠子は、甲斐甲斐しく秀子に尽くし、秀子もまた、珠子にこころを開いていく。珠子は、秀子と伯爵の結婚がうまくいくよう、積極的に動く。珠子は、うぶそうな秀子に、からだのよろこびを教える。やがて、秀子は自らの過去を、珠子に話しはじめる。

 藤原は、秀子の描いている絵を指導しながら、じょじょに秀子に接近、そのこころをつかもうと必死である。

 秀子は、幼いころに両親を亡くし、莫大な遺産を相続する。そして、叔母夫婦とともに、イギリスと日本の建築がいっしょになったような豪邸から、ほとんど外出することなく暮らしている。

 ある日、叔母が自殺する。以来、秀子は、叔父のために本を朗読する毎日をおくっている。秀子と打ち解けていく珠子だが、なぜか、秀子が朗読する図書館のような大きな部屋には、いまだ入れてもらえない。

 藤原と珠子は、考えのちがいがありながらも、秀子籠絡に向けて動き続ける。

 ある日、数日だが、仕事のために叔父が留守になる。珠子は秀子を豪邸から誘い出し、いまは日本に戻っている藤原と合流することになる。ふたりは、パスポートを偽造し、変装までして、豪邸を抜け出す。二転三転、珠子、秀子、藤原たちの運命が、大きく狂い始める。(文・二井康雄)

<作品情報>
「お嬢さん」
(C)2016 CJ E&M CORPORATION, MOHO FILM, YONG FILM ALL RIGHTS RESERVED

2017年3月3日(金)、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
公式サイト

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