ヨーヨー・マと旅するシルクロード 【今週末見るべき映画】

2017年 3月 3日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 いつだったか忘れたが、チェロのヨーヨー・マが、バッハの無伴奏チェロ組曲の第5番を弾き、坂東玉三郎が妖艶に踊る映像を見たことがある。滋味あふれるバッハの音楽に、華麗な舞いのコラボレーションで、五代目の大和屋にうっとり見いり、ヨーヨー・マのチェロに聴き惚れてしまった。


 ヨーヨー・マのCDで、いつも聴くのは、「オブリガード・ブラジル~ライヴ・イン・コンサート」である。アストル・ピアソラの「リベルタンゴ」、アントニオ・カルロス・ジョビンとヴィニシウス・ヂ・モライスの「想いあふれて」や「ソ・ダンソ・サンバ」など全14曲が収録されている。リズム的には、ブラジルはもちろん、キューバ、アルゼンチン、ベネズエラ、メキシコなどの音楽である。くつろいだ演奏が多く、演奏者たちの楽しげな雰囲気が伝わってくる。


 もう一枚、やはりヨーヨー・マの演奏するCDで好きなのがある。トン・コープマンが指揮するアムステルダム・バロック管弦楽団と共演した「ヴィヴァルディ作品集」だ。文字通り、ヴィヴァルディの作品ばかり。「2つのチェロのための協奏曲」や、ヴァイオリン協奏曲「四季」からの「冬」の中の「ラルゴ」など19曲が収録されている。聴いているだけで気分爽快、元気になる。

 このほど、ドキュメンタリー映画「ヨーヨー・マと旅するシルクロード」(コムストック・グループ配給)が公開となる。音楽には、国境はないと思う。それぞれが自分の楽器を持ち、共感する演奏者同士が集まって、いっしょに演奏する。それが音楽の理想だろう。ヨーヨー・マは、「シルクロード・アンサンブル」というグループを結成、いろんな国のいろんな音楽家たちと、演奏活動を続けている。映画は、ヨーヨー・マをはじめ、どのような音楽家たちがグループにいるのかを紹介していく。また、ヨーヨー・マの友人の作曲家ジョン・ウィリアムズやタン・ドゥン、歌手のボビー・マクファーリンが登場し、ヨーヨー・マや「シルクロード・アンサンブル」の音楽についてコメントする。


 映画から、音楽は、なんと楽しいものかが、強く伝わってくる。ここには、人種間の壁などは存在しない。国境もなければ、偏見もない。

 ヨーヨー・マは、才能ある音楽家と出会うために、ベネチア、イスタンブール、中央アジア、モンゴル、中国に出向く。そして結成したグループが「シルクロード・アンサンブル」だ。

 いろんな楽器を演奏する音楽家がいる。ヴァイオリンの元になったというケマンチェを弾くのは、イランのケイハン・カルホール。ピパという中国琵琶を奏でる中国のウー・マン。クラリネットを吹くのはシリアのキナン・アズメ。バグパイプ、ピアノを演奏するのはスペインのクリスティーナ・パト。そこに、日本の尺八が加わる。吹いているのは、父が日本人、母がデンマーク人の梅崎康二郎。

 その生まれ育ちは、複雑で不幸でもある。ことに、文革の影響を受けたウー・マンと、イラン革命で家族全員をなくしたケイハン・カルホールの言葉は、胸を打つ。キナン・アズメに至っては、「故郷での悲しい経験は音楽では表現できないほど」と言う。それでも、ヨーヨー・マは、「音楽の力で文化を進化させ、世界を変え」、「伝統と信念を共有し、前へ進む」と言い切る。


 屋外でヨーヨー・マが、バッハの無伴奏チェロ組曲の第1番を弾くシーンがある。これは、スペインを亡命したパブロ・カザルスの名演でも知られている。カザルスは、カタロニアの民謡「鳥の歌」を演奏した際、「スペインでは鳥はピース、ピース(平和)と鳴く」と言ったことをどこかで読んだことがある。音楽で、銃弾は交わすことが出来る。スペインの鳥は、やはり、ピース、ピースと鳴く。そう信じている。


 ヨーヨー・マの父は、中国の指揮者で作曲家、母は香港生まれの声楽家である。しかもヨーヨー・マの生まれたのはフランスのパリ。その後、まだ幼いころにアメリカのニューヨークに渡る。ヨーヨー・マ自身、自らがいったい何者かを探り続けていることが、その活動から窺える。

 シルクロードのあちこちの音楽文化が一堂に集まる。民族が違う。楽器が違う。言葉も違う。風俗、習慣が異なる音楽家たちが演奏し、唄い踊る。その表情は生き生きとして、楽しそう。その音楽は無垢で、迫力がある。ここには、どのような壁も存在しない。


 先だってのアカデミー賞の授賞式では、メキシコの俳優ガエル・ガルシア・ベルナルが、長編アニメーション賞のノミネート作品を紹介する際、「生身の俳優たちは移民労働者だ。メキシコ人として、ラテンアメリカ人として、人間として、私たちを分断する壁の建設に反対する」とコメントしている。

 音楽も映画も、壁などはない。自由で、世界共通の文化、言語と思う。ドキュメンタリー映画「ヨーヨー・マと旅するシルクロード」もまた、同じことを示唆している。

 やはり音楽関連の傑作ドキュメンタリー映画「バックコーラスの歌姫たち」を撮ったモーガン・ネヴィル監督作品である。「バックコーラスの歌姫たち」では、華やかな舞台の主役を支えるバックコーラスにスポットをあて、ここからも主役になりうる希望があることを描いた。「ヨーヨー・マと旅するシルクロード」では、音楽の素晴らしさを自由、闊達に描き、精彩に富んだ渾身のドキュメンタリーだ。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ヨーヨー・マと旅するシルクロード」
(C)2015, Silk Road Project Inc., All Rights Reserved

2017年3月4日(土)、Bunkamuraル・シネマ、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
公式サイト

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