娘よ 【今週末見るべき映画】

2017年 3月 24日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 日本で一般公開される、初のパキスタン映画という。舞台は、パキスタン、インド、中国との国境にそびえるカラコラム山脈のふもとにある村。この地域には、小さな部族が多く暮らしている。「娘よ」(パンドラ配給)は、10年ほど前に、実際に起きた部族間の争いから構想された劇映画である。


 双方で死者を何名もだし、部族間の争いが続いている。争いを止める代償として、老部族長が結婚するために、幼い少女を差し出せ、という。娘とその母親は、自由を求めて、脱出する。

 とんでもない代償と思うが、携帯電話が普及する地域でも、これが常識らしい。映画の資料によると、舞台になった地域は、FATA(連邦直轄部族地域)で、バシュトゥーン人が住んでいる。この一帯には、ジルガとよばれる長老会議があり、強い権限を持っていて、さまざまなもめ事の調停を行う。また、法律に似た、いくつかの規範がある。客人を歓待する、難民を救済する、血の復讐を認める、財産・土地を死守する、などなど。個人的な争いが、家族や親族、部族を巻き込んで大きくなった場合、ジルガが和解させようと働きかける。また、名誉が重んじられ、不名誉な状況を被った場合、復讐を果たすことになる。この復讐が、死に至る暴力の場合、そうならないように、和解交渉となる。交渉の際には、女性、金、土地の順序で取引される。


 たとえば、部族間の争いで、復讐が復讐を生み、何人もの命が亡くなる。お互いの交渉で、若い女性を嫁がせることで、同盟を結ぼう、と提案したりする。

 「娘よ」は、部族間の長い争いに終止符を打つ条件として、まだ幼い10歳の娘ザイナブが、婚姻を条件に、取引の対象になる。母親のアッララキもまた、同じ条件で、はるか年上の部族長の元に嫁いできた。自らの辛い体験を娘にはさせたくない。その思いひとつで、アッララキはザイナブとともに村から逃げだす。名誉を汚された者たちは、母娘を追う。

 逃げる、追う。逃げる者を助ける。また、追う。いたって、シンプルなドラマである。理不尽な規範があるものだなと思って見ていると、この地域特有の歴史、背景が、適宜、会話のなかで説明される。ふだん、いろんなメディアからは、ほとんど伝わってこない世界のことだけに、映画で表現されるすべてが新鮮に見える。


 脚本、監督、製作はアフィア・ナサニエルという女性である。政治をはじめ、いろんなジャンルで女性が大活躍のパキスタンである。本作もまた、アフィア・ナサニエルが、ノルウェーとアメリカから出資を受け、構想10年、映画として完成させた。女性としての名誉、地位、尊厳を、いまの社会からなんとかして守ろうとの強い意思が、じわじわと伝わってくる。

 アフィア・ナサニエルは、アメリカのコロンビア大学で、映画を学ぶ。短編数本を撮った後、これが初の長編劇映画になる。まだ新人といえば新人、ただし、映画としてのおもしろさがたっぷり。なにより、語り口が巧い。控えめながら、サスペンスを盛り込む。ほのかな男女の交情がある。ロードムービーでもあり、逃走追跡劇の風情もある。見ていて、母娘が捕まらないようにと、何度も願ってしまう。


 岩山、砂漠、川、湖。厳しい自然だけれど、その景観は雄大で、とても美しい。ソハイルは、母娘の逃避行に、はじめはためらっていたが、やがて救いの手をさしのべる。しばしのあいだ、ソハイルの友人の住む村で、ソハイルと母娘が安寧の時を過ごす。空気が澄みきっているようで、のどかな場所である。

 ソハイルとアッララキは、互いの身の上を語り、ソハイルがアッララキに、カブールとインダスの神話を教える。本作の背景を象徴する神話だけに、効果的なシーンである。なぜ、アフガニスタンのカブールなのか。なぜ、インダス川なのか、腑に落ちる。


 ちなみに、アッララキとは、「神の加護」という意味である。なぜこの名なのかが、劇中で語られる。

 映画完成まで、10年を要したらしい。場所が場所だけに、撮影の苦労も多かったようだ。ラストは、喧噪のラホールに舞台が移る。女性たちが、真の自由を獲得するには、まだまだ、時間がかかり、多くの犠牲が払われることと思われる。映画の献辞は、「わが母親とわが母国に捧げる」と出る。

 配給したのは、いろんな国の優れた映画を多く配給し続けている「パンドラ」という会社。創立30周年になる。おめでとうございます。

●Story(あらすじ)

 真っ青のきれいな水面。真っ赤なボートに、白いドレスを着た、長い髪の毛の美しい女性が乗っている。
 カラコラム山脈のふもと。パキスタンとインド、中国の国境のあたりである。ふもとには、多くの部族が暮らしている。部族間には、いつも争いや、もめ事が絶えないようである。

 まだ若いアッララキ(サミア・ムムターズ)は、15歳のときに、かなり年上の部族長であるドーラット(アーシフ・カーン)の元に嫁いできた。文字の読み書きができないアッララキは、10歳になる娘ザイナブ(サーレハ・アーレフ)に、カセットテープを使って、英語を習っている。

 部族間の争いが長く続いているらしく、ドーラットは争いを収めるべく、敵対する部族長のトール・グル(アブドラ・ジャーン)に、和解を提案する。どちらの部族も、すでに複数の死者を出している。トール・グルは、和解の条件として、ドーラットの娘ザイナブを自分の嫁に差し出すよう、要求する。ドーラットもまた、妻のアッララキがまだ幼いころに嫁にしている。ドーラットは、トール・グルの要求を受け入れ、部族間の同盟を結ぶことになる。

 幼いザイナブは、まだ、この結婚の意味することを理解できない。アッララキは、愛する娘に、自分と同じような人生を歩ませたくないと思っている。

 ドーラットとトール・グルとのあいだで、婚姻の準備が整っていく。いよいよ結婚式の朝になる。部屋の中から、アッララキとザイナブの声が聞こえている。ドーラットが部屋の中に入っていく。誰もいない。アッララキとザイナブの声は、あらかじめ、カセットテープに録音してあった。アッララキとザイナブは、村から逃走したのだ。

 婚姻の約束を破ることは、たいへんな不名誉を相手に与えることになる。相手の名誉を傷つけることは、死を意味する。すぐに、部族連合が結ばれ、ドーラットの弟シェフバーズ(アジェフ・グル)も加わり、ふたりを追うことになる。

 偶然、派手な装飾の大きなトラックを見つけたアッララキとザイナブは、トラックの荷台の上に身を隠す。ふたりは、運転手のソハイル(モヒブ・ミルザー)に見つかって、トラックからおろされてしまうが、「娘が病気で、高熱が」と嘘をついて、なんとか、トラックに乗せてもらう。追っ手の車が迫ってくる。ソハイルは、この地域の規範を知っている。我が身にも危険が迫っている。車が追いつく。トラックが調べられる。ソハイルの機転で、シートの下に隠れたふたりは、とりあえず、追っ手から逃れることになる。

 トラックが動かなくなる。3人は、歩くしかない。砂漠のような広大な土地である。雪の残る山道もある。湖のそばで野宿となる。寒い。

 3人は、やっとの思いで、ソハイルが以前、アフガニスタンで戦ったときの仲間の家にたどり着く。3人に、しばしの安寧の時間が訪れる。ソハイルとアッララキは、互いの身の上を語りあう。もちろん、部族連合による追っ手たちは、捜索をあきらめていない。

 アッララキは、長い間、会っていない母に会いたい、孫を母に見せたい、との思いが募る。ソハイルは、友人の車にふたりを乗せて、アッララキの母のいるラホールに向かうのだが。(文・二井康雄)

<作品情報>
「娘よ」
(C) 2014-2016 Dukhtar Productions, LLC

2017年3月25日(土)、岩波ホールにてロードショー
公式サイト

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