ムーンライト 【今週末見るべき映画】

2017年 3月 30日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 ――アカデミー賞作品賞は……、そろそろ、今年は、「ラ・ラ・ランド」が受賞しても何の不思議はない。作品賞ノミネート9作品のうち、まだ3作品しか見ていないが、個人的には「ムーンライト」に差し上げたいのだが。


 今年の2月23日(木)、本欄の「ラ・ラ・ランド」のレビューで、こう書いた。なんと、「ムーンライト」(ファントム・フィルム配給)が、今年のアカデミー賞で、作品賞、助演男優賞、脚色賞を受けた。この結果からなのか、公開は、予定より早く、3月31日(金)となった。

 長年、いろんな映画を見ているが、見終わった後に、どっとこみ上げてくる映画は、そう多くはない。いや、ほとんどないと言ってもいい。その数少ない映画が「ムーンライト」だ。およそ人間の喜怒哀楽といった、さまざまな感情が、もののみごとに表現されている。同じ人間である。肌の色や人種の違いは、まったく関係ない。


 黒い肌の色が、月の光を浴びて、輝く。月の光だけではない。太陽の光、車のライト、室内の明かり、どのような光源でも、登場する黒人たちの肌が、光り輝く。

 黒人の少年シャロンがいじめにあっている。まるで父親のように、シャロンを庇護する黒人のフアンがいる。フアンは、麻薬のディーラーをしている。ひとりだけ、シャロンには、ケヴィンという友人がいる。


 十代になる。あいかわらずシャロンはいじめられている。母親のポーラは、麻薬の中毒症状が進行している。シャロンが頼りとするフアンは亡くなるが、フアンの恋人だったテレサが、なにかとシャロンに愛情を注ぐ。月明かりの浜辺、シャロンとケヴィンの心と体が、触れあう。シャロンとケヴィンに、ある事件が起こる。

 シャロンは、少年のころの気弱さは微塵もなく、逞しいほどのおとなに成長する。父親代わりだったフアンと同様、麻薬の売人になっている。そんなシャロンに、ある事件がもとで決別したケヴィンから、電話が入る。


 3部構成で、主人公シャロンの、少年、十代、おとなの、いわば通過儀礼を淡々と綴った半生記だが、ことさらの起承転結があるわけではない。起承転結は、観客それぞれの感情の内に起こる。シャロンがいじめにあう。逃れる。手をさしのべてくれるおとなや、クラスメートがいる。恵まれない人生のようだが、なんとか自らが生きていく術を手に入れる。そして、かつて愛しあった同性のクラスメートと再会する。それだけの話なのに、なぜ、心が震えるのだろうか。

 映画の見せ方、である。微細な感情の変化を、俳優たちが見せる。光を浴びた肌の美しさである。胸の内から、絞り出すように発せられるセリフである。登場人物の哀しみ、喜びに寄り添うような、メジャーコード、マイナーコードでのヴァイオリンによる音楽である。

 いつの間にか、観客のひとりである自分自身に、シャロンが乗り移ってきたかのようである。見ていて、切ない。束の間の喜びもある。だが、現実の厳しさが、身に沁みてくる。生き方を決めるのは、自分自身しかない。そこに、決別したはずの過去が、またよみがえってくる。そして、悟る。どんなことがあっても、生きていくのは、自分自身なのだから、と。


 泣けるような映画ではない。だが、映画が終わると、シャロンの、まだ半ばの人生に立ち入っていたことに気づき、こみ上げてくる感情を、押さえきれなくなっていたのだ。

 原作がある。タレル・アルヴィン・マックレーの書いた戯曲「In Moonlight Black Boys Look Blue」である。刊行されず、上演もされなかった。映画の脚本は、タレル・アルヴィン・マックレーの原案をもとに、監督のバリー・ジェンキンスが脚色、執筆した。アカデミー賞では、脚色賞を受けたが、むしろ、オリジナル脚本に近いといえる。


 シャロンは、3人の俳優が演じる。少年時代をアレックス・ヒバート、十代をアシュトン・サンダース、おとなになってからをトレヴァンテ・ローズ。それぞれ、セリフは多くはないが、その胸のうちを、微細な表情の変化で語りきる。

 シャロンの母ポーラは、ナオミ・ハリス。フアン役はマハーシャラ・アリで、アカデミー賞の助演男優賞を受けた。


 ローリングストーン誌の本作へのコピーがある。「この映画を見終わって映画館を出る時には、人生が変わっている」。

 胸を締めつけられているようで、切ない。大切なのは、思いやり、寛容だ。人には優しく接したい。そう、思う。傑作という表現さえ、あまり意味のないほどの映画。必見。

●Story(あらすじ)

 1.リトル
 マイアミの、黒人が多く住む一角。麻薬の売人フアン(マハーシャラ・アリ)が界隈を取り仕切っている。まだ幼い少年シャロン(アレックス・ヒバート)は、内気な性格もあってか、学校では、リトルとあだ名され、いじめられている毎日を過ごしている。今日もシャロンは、みんなから追われて、廃墟のような場所に逃げ込む。それを見ていたフアンは、思わずシャロンに声をかける。

 シャロンは一言もしゃべららない。ホアンは、そんなシャロンを、恋人のテレサ(ジャネール・モネイ)の家に連れていき、夕食をふるまう。さらに、ホアンは、なにも話さないシャロンを、テレサの家に泊めてやる。

 翌日、家に戻ったシャロンを待っている母親のポーラ(ナオミ・ハリス)は、シャロンをひどく叱る。

 ある日、フアンはシャロンを海に連れていき、泳ぎを教える。そしてフアンは、シャロンに言う。「自分の道は自分で決めろ。周りに決めさせるな」と。まるで、シャロンの父親のように。

 2.シャロン
 高校生になったシャロン(アシュトン・サンダース)は、いまだ学校で、いじめられている。母親のポーラは、麻薬中毒が進行、麻薬を買う金を、シャロンにせびったりする。なにかとシャロンの面倒をみるのは、テレサだけである。シャロンに言う。「うちのルールは、愛と自信を持つこと」と。

 シャロンは、同級生から、ひどい罵りを受ける。失意のシャロンは、夜の浜辺で、ケヴィン(ジャハール・ジェローム)と出会う。シャロンは、なにかと自分をかばってくれるケヴィンに、ほのかな愛を感じている。ケヴィンは、シャロンを受け入れ、ふたりのからだが触れる。

 翌日、シャロンとケヴィンに、ある事件が起こる。

 3.ブラック
 成人したシャロン(トレヴァンテ・ローズ)は、逞しくなっている。マイアミからアトランタに越したシャロンは、父親代わりだったフアンと同じ、麻薬の売人で生きている。金歯を装着、いまや、気弱だった昔の面影はない。

 ある日突然、シャロンのもとにケヴィン(アンドレ・ホーランド)から電話がかかってくる。ケヴィンはいま、ダイナーを経営していて、シャロンに似た客を、ダイナーで見かけ、ふとシャロンのことを思い出した、という。十代までのすべてを忘れようとしているシャロンは、動揺する。ケヴィンは、ある事件のことを後悔し、シャロンに詫びたいらしい。

 母のポーラはいま、アトランタの麻薬中毒の更正施設にいる。母を見舞ったシャロンは、その帰途、ためらいながらも、ケヴィンのいるダイナーに、車で向かう……。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ムーンライト」
(C)2016 A24 Distribution, LLC

2017年3月31日(金)、TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
公式サイト

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