午後8時の訪問者 【今週末見るべき映画】

2017年 4月 7日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 人は、法にふれなくても、ささいなことから取り返しのつかないことをすることがあり、後ろめたさがつきまとってくる。取り返しのつかないことの最たることが、人の死だろう。そうなると、単なる後ろめたさというより、罪悪感すら覚えることになる。


 診療所の女医が、診療時間が過ぎたために、ドアホンを鳴らした人を無視する。後日、その人が死体となっている。黒人少女と分かる。もし、あのとき、診療所のドアを開けさえすれば、少女は、死ぬことはなかったかもしれないのに。


 ベルギーのジャン=ピエール&ダルデンヌ兄弟の新作「午後8時の訪問者」(ビターズ・エンド配給)は、女医ジェニーの後ろめたさ、罪悪感が、ドラマを牽引する。ジェニーは、独自に、その少女はどういう人か、なぜ死んだのかを調べ始める。

 ダルデンヌ兄弟の手になる映画の魅力は、さりげない日常にひそむ緊迫感、人間心理への深い観察、ドラマを生む時代背景が、きちんと描かれていることだろう。「イゴールの約束」、「ロゼッタ」、「息子のまなざし」、「ロルナの祈り」、「少年と自転車」、「サンドラの週末」しかりである。本作もまた、腕ききの若い女医が、一種の罪悪感から、死んでしまった少女のことを詳しく調べようとする緊迫感に満ちている。そして、そこには、病める者や、外国からの移民の人たちの哀切が、きちんと描かれている。


 女医のジェニーに扮したのは、フランスのアデル・エネル。いろんな患者への接し方はていねいである。ほとんどノーメイクで、いつもパンツにセーターといった地味な服装である。料理は、トマトを炒めるといった質素なもの。だが、往診用の皮のカバンは立派である。これだけで、どういう医師なのかが、伝わってくる。変化の多くない表情なのに、その仕草が雄弁である。医者なのにタバコを吸う。いつ、どのような心理状態のときにタバコを吸うか。患者の脈をみる。どのような身振りをし、どのようなセリフを言うか。昨年の東京国際映画祭でグランプリを受賞した「ブルーム・オブ・イエスタディ」では、達者なドイツ語を披露、巧い女優だなあと思っていた。


 脇役陣も芸達者だ。ジェレミー・レニエ、オリヴィエ・グルメ、ファブリツィオ・ロンジォーネ、モルガン・マリンヌ、トマ・ドレと、ダルデンヌ兄弟作品でおなじみの俳優が勢ぞろい。


 人の心の闇を描いた映画は多いが、移民の人たちの哀しみは、いまの時代だからこそ、伝えるべきテーマのひとつだろう。「午後8時の訪問者」もまた、しっかりと、現実の社会と向き合った普遍性に、謎解きのサスペンスが加わり、迫力に満ちている。

●Story(あらすじ)
 ベルギーのリエージュ郊外のちいさな町。まだ若い女医ジェニー(アデル・エネル)が、小さな診療所で働いている。かなりの腕ききらしく、30人もの候補者のあるなか、大きな病院の医者として迎えられることになる。

 新しく赴任する病院のスタッフが、ジェニーの歓迎パーティを開いてくれるというその夜。ジェニーは発作を起こした少年を診察する。研修医のジュリアン(オリヴィエ・ボノー)は、少年の発作にうろたえる。ジェニーは、そんなジュリアンに、「患者の感情に流されすぎる」と叱る。

 診療所のドアホンがなる。すでに診療時間が過ぎている。ジュリアンは応じようとするが、ジェニーは「出ないでいいわ。診療時間外よ。患者に振り回されてはだめ」と、制止する。切れたジュリアンは、無言のまま診療所を出ていく。ジェニーは、歓迎パーティに向かう。

 翌日、警察がやってくる。診療所の近くで、身元の分からない少女の死体が見つかったとのこと。診療所の監視カメラを調べると、午後8時過ぎに、ドアホンを押していた黒人の少女が、死体で発見された少女と判明する。このまま身元が分からなければ、警察は、無縁仏として埋葬するしかない。ジェニーは、思う。もし、ドアホンに応じて、診療所に入れていたら、少女は死ななかったのではないか・・・。罪悪感がジェニーを襲う。

 ジェニーは、監視カメラに写った少女の写真を携帯に収める。ジェニーは、周囲の人や、診察のたびに、少女の写真を見せ、知っているかどうか、聞き始める。ジェニーは、転勤を断り、少女のことを調べ始める。少女の名は。何のためにドアホンを押したのか。その後でなぜ死んでしまったのか。ジェニーの疑問はつきない。

 ジェニーは、あの夜以来、疎遠になったジュリアンにも少女の写真を見せる。ジュリアンは知らないという。ジェニーは、きつくあたったジュリアンへの言葉を後悔していると、詫びる。

 ある日、ジェニーは、ブライアン(ルカ・ミネラ)という少年の脈を計っていたときに、少女の写真を見せる。ブライアンは、「知らない」と応えるが、その脈は急に早くなっている。少女のことを知っているはずと、ジェニーは、ブライアンを問いただす。

 やがて、ブライアンがその少女を見かけていたことが分かる。少女の素性がおぼろげながら分かり始めたときに、ジェニーに脅しの手が延び始める。

 やがて、少女の素性とは、なぜ死んでしまったのか、などなど、意外な真実が、ジェニーの前に明らかになっていく。(文・二井康雄)

<作品情報>
「午後8時の訪問者」
(C) LES FILMS DU FLEUVE - ARCHIPEL 35 - SAVAGE FILM – FRANCE 2 CINÉMA - VOO et Be tv - RTBF (Télévision belge)

2017年4月8日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
公式サイト

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