人生タクシー 【今週末見るべき映画】

2017年 4月 14日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 イランの映画監督ジャファル・パナヒが2015年に撮った映画「人生タクシー」(シンカ配給)が、やっとこのほど一般公開となる。同じ2015年の東京フィルメックスの特別招待作品として、「タクシー」というタイトルで上映され、長く一般公開が待たれていた。


 パナヒ監督は、2010年に逮捕される。2009年の大統領選挙時に、反体制の改革派の候補者を支援したための拘束と思われる。釈放されたものの、結果、自宅軟禁となり、映画製作や海外渡航、マスコミとの接触が禁止された。

 2011年のカンヌ国際映画祭では、軟禁中のパナヒ監督宅を訪れる客人たちとの、ある一日を描いた「これは映画ではない」という映画を出品、上映された。伝聞では、映像データの入ったUSBメモリーを菓子箱の底に入れて持ち出したという。映画製作は禁じられている身である。タイトルからして、痛烈な批判である。「これは映画ではない」は、2011年の東京フィルメックスでも、特別招待作品として上映され、翌2012年に一般公開された。


 で、新作である。これまた、一般の映画製作を思わせない手法で撮られている。パナヒ監督は、ダッシュボードに小型カメラを据え付けたタクシーを運転する。そして、タクシーに乗ってくるいろんな人との会話を収録していく。まるで個人のホームビデオのように撮られている。確かに、一般にいう映画製作ではないかもしれない。しかし、国から禁じられていても、映画を撮ることが出来るのである。当局が「映画を撮るな」と命じても、パナヒ監督にとっては、何の関係もないことのように思う。


 パナヒ監督は、かつて、アッバス・キアロスタミ監督の助監督を務めていた。キアロスタミ作品で、タクシーに乗る人たちの人生を描いた「10話」という映画がある。おそらく、「人生タクシー」は、この師匠の映画からのインスピレーションと思われる。

 パナヒ監督は、一見、ドキュメンタリー映画と思わせて、映画のなかで、巧妙に他者の発言を借りて、自らの映画へのさまざまな想いを綴っていく。イランという国の現状に対して、言いたいことを言わせる。柔和に微笑み、苦笑するパナヒ監督は、決して声高に叫ばない。ほのぼのとしたユーモアが、いい案配に漂い、だから、柔らかいオブラートに包まれているようだが、これが痛烈な批判となる。それほど、これは巧妙かつ緻密に計算されて作られた映画である。もちろん、イランの文化指導局の検閲で、公開は不許可となっている。


 パナヒ監督が、姪のハナを学校まで迎えに行って、タクシーに乗せる。ハナは、学校の課題で、短編映画を撮ろうとしている。たぶん、小学校の高学年くらいと思われるが、パナヒ監督に語るハナの言葉の数々が、現在のイランの本質を言い当てて、圧倒的に素晴らしい。


 また、パナヒ監督は、友人の女性弁護士を見つけ、タクシーに乗せる。バラの花束を持った弁護士は、ハンストを決行中の女性への激励に向かう途中である。ユーモアたっぷり、国家への痛烈な批判をサラリと語る。


 ラストもまた、峻烈。これが、パナヒ監督を軟禁するイランの現実かと思わざるを得ない。

 いまのところ、ほとんどの国では、映画は自由に撮れる。自由に撮れるからといって、優れた映画になるとは限らない。規制や検閲といった不自由な状況だからこその傑作もある。パナヒ監督にいたっては、製作禁止令を受けている。それでも、映画を撮る。資料にパナヒ監督のコメントが載っている。「……芸術としての映画は私の第一の任務だ。だから私はどんな状況でも映画を作り続け、そうする事で敬意を表明し、生きている実感を得るのだ」。

 撮り続けてほしい。

●Story(あらすじ)

 テヘランの町。一台の黄色いタクシーが走る。運転しているのは、映画監督のジャファル・パナヒである。

 テヘランのタクシーは、細かな規制はないらしく、相乗りオーケーだし、もぐりのタクシーも公然と走っているようだ。監督のタクシーにも、いろんな人が乗ってくる。

 タクシーを降りてから判明するが、路上強盗の男と女教師は、相乗りになり、死刑制度をめぐって議論する。

 レンタルビデオ屋の男性アミドは、監督の素性を知っていて、タクシーのカメラに気づいている。監督の映画「クリムゾン・ゴールド」のラストシーンも知っている。以前、監督の家に海賊盤のDVDを届けたことがあり、ヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督の「昔々、アナトリアで」や、ウディ・アレン監督の「ミッドナイト・イン・パリ」だったと言う。苦笑する監督。

 アミドは、タクシーを待たせたまま、客の家に寄り、海賊盤のDVDを売る。客の若い男は、映画監督志望らしく、運転手が監督だと気づき、映画の題材について、監督に問いかける。

 アミドを乗せているところに、バイクの事故で血まみれになった男とその妻が乗り込んでくる。男は、監督の携帯に遺言を吹き込み、病院で降ろされる。

 なぜか、金魚鉢を抱えたふたりの老女が乗り込んでくる。急いでいるらしい。お昼ぴったりに目的地に着かないと、命がないとまで言う。監督は、姪のハナの下校を迎える時間に遅れているので、金魚鉢の老女ふたりを、別のタクシーに乗れるよう手配する。

 ハナは、学校の授業で、映画の短編を撮ることになっている。途中、監督は幼なじみの友人と立ち話をする。友人は、監督がかつて住んでいた町や、住んでいる人たちの大きな変化について話す。

  ハナは、学校での上映可能な映画のルールについて、監督に話す。監督は、赤いバラの花束を抱えた、知り合いの女性を見つけ、タクシーに乗せる。

 さまざまな人生を抱えた人たちが、監督のタクシーに乗る。監督は、おだやかに、時には厳しい表情で、みんなの声に耳を傾け、おだやかに受け答えている。(文・二井康雄)

<作品情報>
「人生タクシー」
(C)2015 Jafar Panahi Productions


2017年4月15日(土)、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
公式サイト

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