僕とカミンスキーの旅 【今週末見るべき映画】

2017年 4月 28日 08:00 Category : Art

このエントリーをはてなブックマークに追加

雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 5、6年ほど前に、ドイツで評判の作家、ダニエル・ケールマンの小説「僕とカミンスキー 盲目の老画家との奇妙な旅」(三修社 瀬川裕司訳)を読んだ。これが、とびきり、おもしろい。全編、まことしやか、幅広い知識と奥深い教養に裏打ちされたフェイク感がいっぱい。さらに、欧米画壇や、絵画芸術に群がる人たちへの皮肉、嘲笑に満ちた、痛快な小説だった。映画にすれば、さぞかしおもしろいだろうと思って、あとがきを見ると、映画化が決定している、とあった。映画のタイトルは「僕とカミンスキーの旅」(ロングライド配給)である。


 ツェルナーは、31歳の中年男。自分勝手で強引、すべて、自分の都合のいいように解釈する。周囲の不快感は、まったく気にかけない。まあ、こういうタイプの人は、身の回りにも、かならず数人はいる。

 ツェルナーは、自称、経験豊かなジャーナリストで、ろくに美術のことを知らないのに、いちおうは美術評論家である。ふつう、自分のことを、「経験豊かな」などと言う人はいない。もちろん無名で、まったく売れていない。ツェルナーは、なんとか、ひとやま当てようと、一世を風靡した画家で、80歳はとうに過ぎているカミンスキーに突撃取材し、その伝記を書こうと考える。


 カミンスキーは、もう余命いくばくもないはず。ツェルナーは、取材中、もしくは取材直後に、カミンスキーが亡くなれば、すぐに伝記を出版し、かならず売れると考えている。意気揚々、ツェルナーは、スイスにあるカミンスキーの自宅に向かう。

 もう、映画の出だしからフェイク感たっぷり。オーソン・ウエルズの「市民ケーン」顔負けのモンタージュで、カミンスキーはどのような人物だったかを、ドキュメンタリー・タッチの映像で見せる。アンリ・マティスの最後の弟子にして、パブロ・ピカソの友人。ニューヨークでは、ポップアート全盛のころに、大ブレイク。しかも、クレス・オルデンバーグ、アンディ・ウォーホル、サルバドール・ダリらと並び称された盲目の画家。ビートルズやウディ・アレン、アルフレッド・ヒッチコックなど、その交友範囲は多彩。ところが、ある日突然、姿をくらまし、いまはスイスで隠遁生活をおくっているという。


 ちなみにこの4月1日、美術好きの何人かに、「ポップアートのころのマヌエル・カミンスキーって知ってる?」と聞いてみた。「聞いたことがあるなあ」、「ウォーホルほど有名ではないと思うが」などと答えた人がいる。マヌエル・カミンスキーの名前そのものからして、すでにフェイク。

 ツェルナーは、別の取材から、かつてカミンスキーが愛した女性テレーズが、まだベルギーで生きていることを突き止める。そして、ツェルナーは、カミンスキーをスイスから連れだし、フランス、ドイツを経由して、テレーズの住むベルギーに連れて行こうとする。


 一応、ロードムービーの体裁。ふたりの旅は、ことごとく、爆笑を誘う。絵画芸術周辺の状況や、関わる人物たちを、皮肉たっぷり、徹底的にからかう。ツェルナーの図々しさに、カミンスキーも負けていない。傍若無人で、老獪きわまりない。むしろ、翻弄されるのは、ツェルナーのほうである。


 オーソン・ウエルズの傑作「フェイク」を思い出しながら、ぜいたくな映画の時間が過ぎていく。ほぼ、原作通りの運びである。ラストがちと、異なっている。原作のほろ苦さが、いくぶん薄まった感じだが、映画はまさに映画的に終わる。ちょうど、ジョエル・コーエンが監督し、コーエン兄弟が脚本を書いた傑作「バートン・フィンク」を彷彿するよう。

 原作と映画の違いについては、ぜひ原作を読まれたい。ことにラストは、原作、映画とも、深い余韻をたたえる。


 原作と違って、映画では、カミンスキーの作品をはじめ、さまざまな著名な画家作品のパロディが、視覚に訴えてくる。エンドロールにまで、ポップアートへのパロディがあふれ、存分に楽しませてくれる。

 老いとは、若さとは、芸術とは、権力とは、などなど、多くのメッセージが込められている。ひとつひとつ読み解くのも本作の魅力だろう。

 原作に魅せられ、脚本を書き、監督したのは、「グッバイ、レーニン!」を撮ったヴオルフガング・ベッカーである。すでに崩壊した東ベルリンが、いまでも存在するかのように見せかける。そのような才覚が、本作でもまた花開く。


 ツェルナー役は、「グッバイ、レーニン!」でも主役を務めたダニエル・ブリュール。自意識過剰、いわばせこい役柄を、さも楽しそうに演じる。はじめよぼよぼ、次第に狡猾さを発揮し、ツェルナーを圧倒するカミンスキー役は、イェスパー・クリステンセンが演じる。ラース・フォン・トリアー監督の「メランコリア」にも出ていたが、最近では、007シリーズのミスター・ホワイト役が有名だ。

 カミンスキーの娘ミリアム役のアミラ・カサールが、モデル出身のせいか、凛とした色気で、魅せられる。カミンスキーのかつて愛した女性テレーゼにはジュラルディン・チャップリン。すでに70歳を超えているが、貫禄を見せつける。

 性格のあまりよくない人物同士だからこそ、通い合うことがある。そして、その性格が変わることもある。人間同士は、永遠に、理解不能ではないのである。現に、ツェルナーもカミンスキーも、旅することで、学び、ともかく、変わるのである。

 原作のダニエル・ケールマンは、カント哲学、文芸学を修めている。小説は小粋。こんな原作、日本には、ないなあ。

●Story(あらすじ)
 マヌエル・カミンスキー(イェスパー・クリステンセン)という盲目の画家が、どういった人物かが紹介される。マティスの最後の弟子にして、ピカソとも懇意。各界の著名人とも交友があり、絶頂期に突然、画壇から姿を消す。

 売れない美術評論家のセバスティアン・ツェルナー(ダニエル・ブリュール)が、テレビでカミンスキーのことを、さも詳しそうに話している。これは、ツェルナーの見た夢である。

 ツェルナーは、なんとか有名になろうと、カミンスキーへの突撃取材を考えている。もう、かなりの老齢、いつ死んでもおかしくない。仮に、取材中や取材後に亡くなれば、ただちに伝記を出版し、かなり売れるはずだと考えている。

 カミンスキーは、スイスに隠遁している。列車に乗ったツェルナーは、スイスの山奥に着く。村の小さなホテルにチェックインしたツェルナーは、山道を徒歩で30分、やっと、カミンスキーの家に着く。無愛想なメイドがいる。カミンスキーはすでに老体、しかも体調がよくないらしい。美人だが、どこか刺々しい娘のミリアムが応対する。歓迎されていない様子なのに、ツェルナーはまったく気にしない。

 夕方まで、ツェルナーは勝手に居残り、招かれていないディナーにも、図々しく参加する。ツェルナーは、周囲から迷惑がられていることにも、まったく気付かない。ツェルナーは、追い出されるように、雨の中、ホテルに戻る。

 ツェルナーに、恋人のエルケ(ヨルディス・トリーベル)から電話が入る。ツェルナーの身勝手さに愛想をつかしたエルケは、一方的に絶縁を迫る。

 翌日も、ツェルナーはカミンスキー宅に向かう。無愛想なメイドを買収、勝手にカミンスキーの家を探索する。ツェルナーは、地下のアトリエで、まだ未発表らしいカミンスキーの絵を数枚、発見する。そのなかから、2枚ほど、ちゃっかり失敬する。

 やっと、カミンスキーへの取材が始まる。ツェルナーは、なけなしの金をはたいて取材した結果、カミンスキーを振り向かせるだけの隠しネタを持っている。かつてカミンスキーが愛した女性で、すでに亡くなったと思われているテレーズ(ジュラルディン・チャップリン)が、まだベルギーで生きていて、ツェルナーは、その住所を入手している。

 「テレーズはまだ生きている。住所も分かっている」とのツェルナーの言葉に、すでにテレーズは死んだと思っているカミンスキーの態度が変わる。サングラスに赤いガウンのまま、カミンスキーは、ツェルナーの車に乗り、テレーズの住むベルギーに向かう。

 フランスに入る。ツェルナーがドライブインで朝食を調達している間に、カミンスキーは、カール・ルートヴィヒ(ドニ・ラヴァン)という大道芸のバイオリン弾きと懇意になっている。このルートヴィヒは、とんでもない男で、ツェルナーの車に同乗したものの、ちょっとした隙に、ツェルナーの車を奪いさってしまう。

 カミンスキーは、ことさら、落胆した様子はない。ツェルナーとカミンスキーは、小さなホテルに泊まる。歩くのもおぼつかないカミンスキーは、勝手にルームサービスを注文し、なんと娼婦までホテルに呼び込む。

 ツェルナーの所持金は、みるみるうちに無くなっていく。やむを得ず、ツェルナーはデュッセルドルフにあるエルケの家に転がり込む。持ち前の図々しさも、エルケには通用しない。ツェルナーは、悪夢にうなされる。

 ツェルナーは、カミンスキーのことが、ますます分からなくなる。そもそも、盲目なのかどうかも疑わしい。肝心の取材がうまくいくのだろうか。また、ベルギーのテレーズのところに、無事、カミンスキーを連れていけるのだろうか。

<作品情報>
「僕とカミンスキーの旅」
(C)2015 X Filme Creative Pool GmbH / ED Productions Sprl / WDR / Arte /
Potemkino / ARRI MEDIA


2017年4月29日(土)、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
公式サイト

Related article

  • 今週末見るべき映画「サード・パーソン」
    今週末見るべき映画「サード・パーソン」
  • 今週末見るべき映画「セントアンナの奇跡」
    今週末見るべき映画「セントアンナの奇跡」
  • 今週末見るべき映画「3人のアンヌ」
    今週末見るべき映画「3人のアンヌ」
  • お嬢さん 【今週末見るべき映画】
    お嬢さん 【今週末見るべき映画】
  • しあわせな人生の選択 【今週末見るべき映画】
    しあわせな人生の選択 【今週末見るべき映画】
  • 映画好きが注目。ジャック・タチ映画祭、まもなく開幕
    映画好きが注目。ジャック・タチ映画祭、まもなく開幕

Prev & Next

Ranking

  • 1
    永遠のCM修行僧、中島信也の絵コンテ集
  • 2
    Interview:フォトグラファー・Hiro Kimura|俺だからこそ、見せてくれるその人の顔を撮り続けたい
  • 3
    ローライフレックスのミニチュアデジカメ、MiniDigi
  • 4
    癒しと食の複合温泉施設「アクアイグニス」
  • 5
    押さえておきたい、ビジネスバッグ/ 注目すべき、厳選メンズバッグ(1)
  • 6
    「香りとビューティーと思い出」、期間限定の3つのプランをコンラッド東京で
  • 7
    クリエイター100人からの年賀状
  • 8
    サンフランシスコの超人気店「TARTINE BAKERY」、ついに日本上陸
  • 9
    「アンダーズ 東京」。ライフスタイル・ホテルが提案する新感覚の贅沢
  • 10
    アナ・ウィンターも来場、ルイ・ヴィトン表参道店の“京都物語”写真展

Excite ism :

このエントリーをはてなブックマークに追加