マンチェスター・バイ・ザ・シー【今週末見るべき映画】

2017年 5月 12日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 今年の第89回アカデミー賞で、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞、助演男優賞、脚本賞の6部門でノミネートされ、主演男優賞(ケイシー・アフレック)と脚本賞(ケネス・ロナーガン)を受けたのが「マンチェスター・バイ・ザ・シー」(ビターズ・エンド配給)である。


 人生のなかば、人は、とり返しのつかないような不幸な目にあうことがある。もう、自殺したくなるほどの不幸。人は、そこから、はたして、立ち直ることができるのか。

 中年男のリーは、ボストンで、アパートの管理人のような便利屋をしている。無口で無愛想、まるで世捨人のような雰囲気である。兄のジョーが危篤との知らせで、リーは、故郷のマンチェスター・バイ・ザ・シーに戻る。リーは、もう二度とここを訪れることはないだろうと決めていた。楽しかった思い出もあるものの、ほとんどが、過去の辛い出来事ばかりだからだ。ジョーの遺言で、リーは、ジョーの息子パトリックの後見人に指名されていた。リーの胸のうちに、過去のさまざまなできごとが、次々とよみがえってくる。


 リーに扮したケイシー・アフレックが、抜群に達者な演技を披露する。へんぴな漁師町、マンチェスター・バイ・ザ・シーは、半端ではない寒さである。無口で無骨なリーは、ジャンパーのポケットから手を出さない。歩いても、背中が曲がる。過去の辛い経験を抱え、屈折した心理状態なのに、そこはかとないユーモアをたたえ、これは絶品の芝居。

 甥のリー役は、ルーカス・ヘッジス。どこかで見たことがあると思っていたら、ウェス・アンダーソン監督の「ムーンライズ・キングダム」、「グランド・ブダペスト・ホテル」に出ていた少年ではないか。まだ二十歳そこそこ。着実に伸びていってほしい俳優さん。

 プロデューサーのひとりが、ケイシー・アフレックの兄のベン・アフレックの親友、マット・デイモンである。当初、マット・デイモンがリーを演じる予定だったが、この役をケイシー・アフレックに譲ったようである。最高の賞を受けて、なによりである。


 派手さはない、静かで地味な映画である。深く傷ついたこころは、癒されるかどうか。過去の過酷な経験が、いかに人を閉じこめるのか。じっくり見るべき点と思う。

 叔父リーと、甥パトリックのやりとりに、ほんわかとしたユーモアがあり、とても、微笑ましい。父の弟が4人いる。もう3人は亡くなったが、それぞれの愛し方で愛されたように思う。4人4様、父の悪口を、ユーモアたっぷりに語る。私事だが、ふと思い出した。


 よく、「人間万事塞翁が馬」と言う。しっかり、生きていれば、辛い人生でさえ、いつか、光が当たることもあるはず。そう思いたい。


 過去のさまざまな出来事が、現在の時間の進行のなかに、ほどよく盛り込まれていく。よくある手法のひとつと思うが、これがピタリ、絵になっている。優れた脚本を書き、監督したのはケネス・ロナーガン。マーティン・スコセッシ監督の「ギャング・オブ・ニューヨーク」の脚本を書いている。日本未公開だが、監督作もいくつか。さらに優れた脚本、演出が期待できる作家のひとりだろう。

●Story(あらすじ)
 アメリカ、ボストンの郊外。団地のようなアパート群がある。雪かきをしているリー・チャンドラー(ケイシー・アフレック)は、この団地の4棟ほどの管理人を兼ねたような便利屋で、ゴミ出し、水漏れやトイレ修理、ペンキ塗りなどの仕事をしている。

 リーの腕はたしかだが、無愛想で、遠慮しない言動に、住人たちからのクレームもある。仕事を終えたリーの楽しみは、バーでひとり、酒を呑むこと。今夜もひとりで呑んでいると、女性からの視線を集めるが、リーは知らん顔をしている。そんなリーを見つめる男たちに、リーは、喧嘩をふっかける。

 リーの携帯に電話が入る。マンチェスター・バイ・ザ・シーに住む兄のジョー(カイル・チャンドラー)が倒れたとの知らせである。

 ここからマンチェスター・バイ・ザ・シーまでは、車で一時間半ほど。リーは病院にかけつけるが、兄の仕事仲間のジョージ(C・J・ウィルソン)から、「ジョーは1時間前に、心停止で亡くなった」との知らせを受ける。

 ジョーが、医師から病名を告げられた日のことが、リーの脳裏によみがえる。うっ血性心不全で、余命は5年から10年、という。病室には、父のスタン、ジョーの妻のエリーズ(グレッチェン・モル)らがいる。みんなの前で、ジョークをとばすリーは、ひんしゅくをかう。

 リーは兄ジョーの遺体を見た後、ジョーの息子、パトリック(ルーカス・ヘッジス)のところに向かう。リーの脳裏に、さまざまな思い出がよみがえる。リーとジョー、パトリックの3人で釣りに出かけたこと。妻ランディ(ミシェル・ウィリアムズ)と幼い娘ふたり、生まれたばかりの男の子たちを抱きしめたこと。リーは、甥のパトリックが、大きなスズキを釣ったとランディに話したことなど。

 リーは、パトリックのいるホッケーの練習場に着く。パトリックはリーを見て、すぐに父の死を悟る。パトリックの仲間たちは、監督にリーが来たことを話す。リーの起こした、過去のある出来事は、監督も知っていた。

 リーはパトリックに言う。「ジョーに会いたいか」と。パトリックは、父の死顔を一目だけ、見る。

 幼かったパトリックは、いまや16歳。シルヴィー(カーラ・ヘイワード)というガールフレンドがいる。パトリックは、覚悟をしていたとはいえ、父の死にショックを受ける。パトリックは、シルヴィーを呼び出す。パトリックは、父と別れた母エリーズに、父の死を知らせる。

 翌朝、リーとパトリックは、ジョーの遺言を聞くために、弁護士事務所に向かう。リーは、パトリックの後見人に指名されていた。ジョーは、生前から、パトリックの養育費を貯え、家や船のローンの精算もしていた。とまどうリーに、弁護士は言う。「この町に戻る費用も用意がある。何年もここに住んでいたのだろう」と。

 ある、辛い記憶が、リーによみがえってくる。

 弁護士は続ける。「君の経験は想像に絶する。後見人を引き受けるかどうかは君の自由だ」。

 リーは、もう二度とこの町に戻らないと決めている。かずかずの難問がリーの前に立ちふさがる。船はモーターが故障している。管理するだけでも費用がかかる。高校生の身では支払いは不可能だ。売るしかない。

 冬である。葬儀社での埋葬は、土が凍っているため、春まで埋葬できないという。船の処分、パトリックの学校のこと、それぞれの住居のこと、財産の管理のことなどなど、リーとパトリックとの間で意見、希望が食い違う。

 さらに、リーは、ある事件をきっかけに、別れた妻のランディに再会することになる。

 はたして、リーとパトリックは、どのような人生の選択をするのだろうか。(文・二井康雄)

<作品情報>
「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
(C)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

2017年5月13日(土)、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
公式サイト

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