オリーブの樹は呼んでいる【今週末見るべき映画】

2017年 5月 19日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 優れた映画作家は、社会の片隅で起こった、ささいな出来事にも目を配り、映画にする。たとえば、中国のあちこちで起きた、いくつかの暴力事件から、ジャ・ジャンクーが「罪の手ざわり」を作ったように。


 ケン・ローチ監督の「カルラの歌」、「麦の穂をゆらす風」、「ルート・アイリッシュ」、「天使の分け前」、「ジミー、野を駆ける伝説」、「わたしは、ダニエル・ブレイク」などの脚本を書いたポール・ラヴァーティは、ある新聞記事に目を止める。「スペインのバレンシアやカタルーニャ地方の樹齢2000年のオリーブの樹が、大地から引き抜かれて、売りに出ている」。


 ポール・ラヴァーティは、妻のイシアル・ボジャインに、この新聞記事の話をする。イシアル・ボジャインは、ビクトル・エリセ監督の「エル・スール」の主演女優で、いまは映画監督でもある。

 人類が最初に栽培した植物と言われているオリーブ。ノアの箱船の話でも、重要なシーンで出てくる。オリーブの枝は国際連合の旗に描かれていて、平和の象徴でもある。このオリーブの樹が売りに出ているという新聞記事から想を得て、ポール・ラヴァーティが脚本を書き、イシアル・ボジャインが監督した映画が「オリーブの樹は呼んでいる」(アット エンタテインメント配給)だ。


 20歳になる女性アルマは、スペイン、バレンシア州にある養鶏場で働いている。勝ち気なアルマの仲良しは、長くオリーブを栽培していた祖父のラモンである。祖父は、小さいころから大事に育てていた樹齢2000年というオリーブの大木を、数年前に父のルイスが売ってしまって以来、口を閉ざしている。いまや、祖父は食事もしなくなる。大好きな祖父を救うためには、売り払ったオリーブの樹を取り戻すしかない。

 アルマは、父の弟で、気だてのいい叔父アーティチョークと、同じ養鶏場で働く同僚のラファを、うまく仲間に引き込んで、ドイツのデュッセルドルフにあるオリーブの樹を取り戻す旅に出る。


 取り戻すといっても、どうやって取り戻すのか、アルマには、なんのあてもない。オリーブの樹が、ある大手のエネルギー会社のロビーにあることは分かったが、叔父や同僚、町のみんなには、樹を返還してくれるからと、ある嘘をついているからだ。

 祖父を救うには、樹を取り戻すしかない。無鉄砲を承知で、アルマは、真相を知らない叔父と同僚とともに、バレンシアからはるか1659km、ドイツのデュッセルドルフに向かう。

 20数年ほど前、マドリードと、マドリードから50kmほど離れたエル・エスコリアルを、バスで何度か往復したことがある。あたり一面、オリーブ畑である。大木ではないが、ともかく、まわりはオリーブだらけ。バルに入ると、酒のツマミに、黒と緑のオリーブの実のピクルスが、山のようにおいてある。これが、実にうまい。そんなことをふと思い出しながら、映画を見ていると、一見コメディふうのドラマが、ロードムービーになると、じつにシリアスな一面を醸し出すようになる。


 旅の途中、アルマは、叔父アーティチョークと、同僚ラファのそれぞれの人生のドラマを聞くことになる。決して幸福ではない、それぞれの人生があらわになる。

 もはや、映画の背景は、スペインだけのことではないだろう。環境破壊、経済不況といった大きな壁は、どこの国にも存在する。映画は、気楽に「グラナダ」を口ずさむなど、おおらかなスペイン気質をふりまき、ときには、アメリカのシンボルともいえる自由の女神をジョークにしながらも、世界のあちこちにある現実の壁、問題を提示し始める。

 映画は、暗にほのめかす。環境問題は、経済問題、エネルギー問題でもある。エネルギーを売買することで、ぼう大な収益をあげている会社が、環境保護に貢献していることをPRする。はたして、環境について語る資格があるのかどうか。好景気、バブルのころには、じゃんじゃんお金を貸すところが、突然、貸した金を返せという。つまりは、国は国民に嘘ばかりついている。

 樹齢2000年のオリーブの樹が売りに出されようとするとき、祖父ラモンは言う。「神聖な木を金で売買などできん。おれの人生そのものなんだ。奪わんでくれ」と。祖父にとってはオリーブの樹は、歴史そのもの。父ルイスの決断もまた、家族を養うためである。暮らしぶりが、好転するかに見えたが、結果は悲惨である。

 では、なにが大事か。地に足のついた暮らしだろう。バブルは、いつかはじける。みんな、かつて学んだはずである。いまや、祖父ラモンは沈黙を守り、食事もとらない。世界は、そんなことでいいわけがない。


 ポール・ラヴァーティの優れた脚本に、イシアル・ボジャインの過不足のない演出が応える。叔父のアーティチョークを演じたハビエル・グティエレス以外は、映画経験の少ない俳優ばかり。アルマを演じたアンナ・カスティーリョは、映画初主演らしからぬ存在感だ。祖父ラモン役のメヌエル・クカラは、演技経験ゼロの地元の人。喜怒哀楽をコントロールした表情、仕草が、とてもいい。

 すてきなラストシーンに、震えることを保証します。

●Story(あらすじ)

 たくさんの鶏がいる養鶏場。20歳の女性アルマ(アンナ・カスティーリョ)が働いている。今のスペインは経済不況で、アルマたち家族は、なんとか生き延びている。アルマは、勝ち気で、父のルイス(ミゲル・アンヘル・アラドレン)とのコミュニケーションは皆無である。アルマが大好きなのは、祖父ラモン(マヌエラ・クカラ)だ。

 アルマに祖父との思い出がよみがえってくる。祖父は、アルマがまだ幼い頃、鳥の名前を教えてくれたり、歌を唄ってくれたり、オリーブの接ぎ木を教えてくれたりした。祖父は、ある時から、まったく、口を聞かなくなっている。それは、数年前、家族経営のオリーブ農園に限界を感じた父が、樹齢2000年というオリーブの樹を売却したからである。

 祖父は、しょちゅう、行方不明になる。アルマは、その都度、オートバイに乗って、オリーブ畑のあちこちに、祖父を探す。いまや、祖父は、食事も口にしなくなっている。心配した医師は、施設に入れるよう提案するが、アルマは反発する。「オリーブの樹が戻れば、おじいちゃんは元通りになる」と。

 樹を売り、レストラン経営に乗り出したルイスは、不況のあおりを受ける。父は父なりに家族のことを考えての決断だが、結果は最悪となる。

 アルマは、おじいちゃんのために、樹を取り戻そうと決断する。まず、樹を切り出した関係者から、いま、どこに樹があるのかを突き止める。なんと、ドイツのデュッセルドルフにあるエネルギー会社のロビーだと判明する。アルマは友人たちに相談する。なんのコネもなく、無茶な計画だ、諦めることだと、友人たち。

 それでもアルマはひるまない。ある嘘をでっちあげたアルマは、アーティチョークとラファ、町の住人たちを巻き込んで、樹を取り戻す作戦を開始する。金もない。ちゃんとした計画もない。とにかく、行けばなんとかなる。

 大きなトラックは、会社の社長の留守のすきにラファが調達、いまはトラックの運転手をしているアーティチョークと交互に運転することに。

 同じころ、アルマの友人たちの協力で、食事をしなくなった老人と、孫娘たちが樹を取り戻そうとするニュースが、SNSにのって広がっていく。

 はたして、アルマたちは、オリーブの樹を取り戻すことができるのだろうか。(文・二井康雄)

<作品情報>
「オリーブの樹は呼んでいる」
(C)Morena Films SL-Match Factory Productions-El Olivo La Película A.I.E

2017年5月20日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
公式サイト

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