花戦さ 【今週末見るべき映画】

2017年 6月 2日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 横暴な権力に対して、お茶や生け花という文化、芸術が、どれほどの力があるのか。映画「花戦さ」(東映配給)は、まことに現代的なテーマを、軽妙な笑いと、虐げられる庶民の哀感を涙で綴っていく。権力者の豊臣秀吉に、華道の池坊専好が、盟友だった千利休の復讐を果たすべく、花の力で対抗していく。


 茶道や華道のたしなみはないが、映画で数多く描かれた千利休の話は好きである。古くは田中絹代監督の「お吟さま」、そのリメイクで熊井啓監督の「お吟さま」、同じ熊井啓監督の「千利休 本覺坊遺文」、勅使河原宏監督の「利休」、田中光敏監督の「利休にたずねよ」とある。なかでは、井上靖の原作、三船敏郎が千利休に扮した「千利休 本覺坊遺文」は、傑作と思う。「花戦さ」では、主役は生け花の池坊専好だが、重要な役回りで、千利休が登場する。


 時は、戦国時代末期。豊臣秀吉が、主君の織田信長の仇をとるべく、明智光秀を討った後のころである。池坊専好は、京都の頂法寺六角堂の花僧で、生け花の名手である。その技は、織田信長、豊臣秀吉、千利休らから、高い評価を受ける。専好は、いささか風変わりな人物で、よく言えば天真爛漫だが、場の空気を読もうとしない。だから、どのような権力に対しても、遠慮はない。ただ、花をいけることが大好き。もちろん、実在した人物だが、その人となりは、くわしく分からないらしい。

 盟友の千利休が、豊臣秀吉と対立する。結果、千利休は切腹する。そのほか、池坊専好の知り合いが、豊臣秀吉の権力の前に、命を失う。「花には、抜いた刀をさやに納めさせる力がある」とばかり、池坊専好の、豊臣秀吉に対する復讐が始まる。


 シリアスな話である。原作は、鬼塚忠の小説「花戦さ」である。映画は、ほぼ忠実に原作をたどるが、原作にはない人物を配したり、ラストの設定に、いくぶんの違いはある。また、原作をつらぬくシリアスなトーンが、映画では、ややコミカルなタッチが加えられている。これは、どちらが先でもいいが、ぜひ、映画と原作を比べられたい。

 豪華な俳優が揃った。池坊専好には狂言師の野村萬斎。豊臣秀吉には歌舞伎の四代目市川猿之助。織田信長には中井貴一。千利休には佐藤浩市。前田利家には佐々木蔵之介。さらに、池坊専好と千利休の仲をとりもつ重要な役の吉右衛門に高橋克実。石田三成には吉田栄作。池坊専好らの相談役ともいえる尼僧、浄椿庵には竹下景子。池坊専好が驚くほどの画才を発揮する少女れんに、森川葵。


 さぞかし、演出上の苦労が多々と思って、篠原哲雄監督に聞いたが、そこは狂言、歌舞伎、映画とジャンルは違っても、プロの集団ばかり。杞憂だった。野村萬斎は狂言師らしく、市川猿之助は歌舞伎役者らしく、その持ち味をたくみに生かした演出が光る。

 原作にコミカルな風味を加え、エンタテインメントに仕上げた脚本は、森下佳子。「世界の中心で、愛をさけぶ」、「天皇の料理番」、「おんな城主 直虎」など、テレビでの優れた脚本に定評がある。


 音楽は、久石譲。「風の谷のナウシカ」などの宮崎作品、「おくりびと」、「風立ちぬ」などが有名だが、ここでは、過去の作風とはひと味異なった軽妙な音楽で、ドラマに精彩を施す。

 見ものは、スクリーンいっぱいに広がる、池坊専好の作品群。僧や町の人を教えるシーンでの立花(りっか)では、松、躑躅(つつじ)、杜若(かきつばた)、柳など。吉右衛門が「けったいな花をいけてほしい」と、立花の砂物を依頼するシーンでは、松、菖蒲、柘植、伊吹。岐阜城の織田信長に献上した砂物では、松、菖蒲、柘植、石楠花。千利休から茶をもてなされた後にいける、一輪の杜若。ラスト近くでは、大きな砂物で、左右に大きく広がる松に、菖蒲、蓮、石楠花、躑躅など。かずかずの立花の見事さが、ドラマを牽引して、見飽きない。


 今年2017年は、京都の六角堂が創建されて1430年。六角堂の僧侶、池坊専慶が花をいけて555年になる。花は、単に、愛でるだけではない。華道という芸の力で、横暴きわまりない政治権力に、庶民が風穴をあけようとする。痛快である。

 すぐれた原作、俳優、脚本、音楽が揃う。奇をてらわず、正攻法の演出で押し切る。篠原哲雄監督は言う。「いまの時代だからこそのテーマ。味わってほしい」と。

●Story(あらすじ)
 1573年(天正元年)、京都の頂法寺六角堂の花僧、池坊専好(野村萬斎)は、岐阜城にいる織田信長(中井貴一)から、花を所望される。専好は、まるで龍が天に昇るような巨大な松に、菖蒲の花を添える。

 専好は、花をいけることがなによりも好き。権力や世俗のさまざまなことには、ほとんど興味を示さない。

 専好の大作に、豊臣秀吉(市川猿之助)、前田利家(佐々木蔵之介)、千利休(佐藤浩一)ら、織田信長の家臣たちは驚く。信長は家臣に問いかける。「この花、いかに見る」と。だれも答えられない。信長は、扇で膝を打ち、「見事なり、池坊」と絶賛する。その時、なんと、松の枝が折れる。その場にいた専好に、家臣たちの視線が集まる。秀吉がとっさの機転をきかす。「扇ひとつで松を落とすとは、神業」と。これが、花僧の専好と、後に天下を治める秀吉との出会いである。

 10数年後。信長は本能寺で命を落とす。信長亡き後、天下を掌握したのが秀吉である。専好は、六角堂の執行(しぎょう)に就任、いまは寺の運営にあたっている。多忙な専好は、好きな花をいける時間がない。幼なじみの吉右衛門(高橋克実)は、そんな専好を気遣う。

 ある日、専好は、河原で打ち捨てられていた、ひとりの少女(森川葵)を救う。たまたま専好が採ってきた蓮の花が開花する。と同時に少女の意識が戻る。少女は、部屋いっぱいに蓮の花の絵を書き始める。専好は、少女に蓮の花にちなんで、れんと名付ける。

 利休は、京都で、専好のいけた花を見て、草庵に専好を招く。利休の心なごむ茶に、専好は癒される。

 秀吉は、大茶会を開く。秀吉の黄金の茶室の評判は芳しくない。それにひきかえ、利休の茶に人が群がる。秀吉の利休への嫉妬は募る。秀吉と利休の仲が断絶するのは、信長の葬儀の行われた大徳寺である。門の上には、利休の像がある。秀吉が大徳寺の門をくぐるたびに、利休の足下を通ることになる。怒る秀吉。利家の依頼で、秀吉に詫びるよう、専好は利休に説得する。利休は詫びない。秀吉は利休に切腹を命じる。

 利休の呪いとばかりに、秀吉に不幸がおそう。息子の鶴松が病死する。吉右衛門やれんにも、秀吉の弾圧が及ぶようになる。専好は、利休や、吉右衛門、れんのために、秀吉に立ち向かう決意を固める。そして……。

<作品情報>
「花戦さ」
(C)2017「花戦さ」製作委員会 

2017年6月3日(土)、ほか全国ロードショー
公式サイト

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