心に吹く風 【今週末見るべき映画】

2017年 6月 16日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 かつて、韓国のテレビドラマ「冬のソナタ」が、日本でも大ヒットした。熱心な視聴者ではなかったが、ひたすら、雪景色の美しい場面に見入ったものだった。演出したのは、ユン・ソクホ。このほど、日本の松竹ブロードキャスティングのオリジナル映画プロジェクトの第4作として、「心に吹く風」(アーク・フィルムズ配給)を撮った。多くの優れたテレビドラマを演出したユン・ソクホ監督だが、劇場用映画は、これが初の監督作になる。


 この映画プロジェクトの優れている点は、低予算ながら、映画作家が撮りたい映画を自由に撮れること。そして、新しい俳優を発掘すること。第1作は、沖田修一監督の「滝を見にいく」。第2作は、橋口亮輔監督の「恋人たち」。第3作は、坂下雄一郎監督の「東京ウィンド・オーケストラ」だった。「恋人たち」は、いまという時代を象徴するような人生の絶望から、再生を目指す群像が、巧みに描き分けられた傑作と思う。

 第4作「心に吹く風」の舞台は、北海道の富良野、美瑛かいわいである。豊かな自然、だからあざやかな緑。山頂にはまだ雪が残っている。高校時代、恋人同士だったふたりが、まったくの偶然、23年ぶりに出会う。そして、正味2日ほどの時間を過ごすことになる。ただ、それだけの話なのに、なぜか、懐かしさ、郷愁を誘い、しっとりと見せてくれる。映像の美しさに、静かな音楽が寄り添い、少ないセリフに、切なさが漂う。


 ともかく、どのシーンも、監督の美学が炸裂する。引いたカメラが雄大な風景を写す。壁やガラスに雨のしずくが滴る。さす木漏れ日の鮮やかさ。

 いくつかの物理的な偶然が交差する。山頂の雪と野の緑といった風景に、偶然にも過去と現在が立ち現れる。男は、かつての夢を追い続ける。女は、現実にとらわれながらも、かつての夢のありかを探ろうとする。木々を揺らす風のように、人の心にも、さまざまな風が吹きわたっているはずである。


 ほんの短い時間だったが、ユン・ソクホ監督に話を聞いた。いちばん影響を受けた映画監督は、ポーランドのクシシュトフ・キェシロフスキである。全10編のテレビシリーズで、旧約聖書の出エジプト記から材を得た「デカローグ」や、ここから編集した劇映画「殺人に関する短いフィルム」、「愛に関する短いフィルム」を撮っている。さらに、フランス政府から依頼され、「トリコロール/青の愛」、「トリコロール/白の愛」、「トリコロール/赤の愛」を撮っている。

 監督が最近見た日本映画で感動したのは、新藤兼人監督の「裸の島」だ。「見る人の想像力をかきたてるような、静かな映画を撮りたい。いつか、セリフのまったくない映画も」。

 監督は、音楽にもかなり力を入れている。「心に吹く風」のオリジナル・スコアは、イ・ジス。ユン・ソクホ監督のドラマ「夏の香り」、「春のワルツ」や、「オールド・ボーイ」、「建築学概論」などの音楽を書いている。ユン・ソクホ監督は、さらにエリック・サティの「ジムノペディ」、チャイコフスキーの「舟歌」を、随所に織り込んでいく。


 「哲学者が言うには、世の中には知っていることと知らないことがある。今回は偶然をテーマにしたが、次回は、知っているか知らないかといった、不確実なことをテーマにしたい」。監督の雰囲気は、撮る映画と同じ。ゆったりとした優しさを感じる。


 俳優にも触れたい。主役のリョウスケを演じた眞島秀和は、「フラガール」、「HERO」、「愚行録」などに出演。本作では、言葉にしたいのに出来ないもどかしさをコントロールする難役を、そつなくこなす。春香を演じたのは真田麻垂美。篠原哲雄監督の「月とキャベツ」では、ヒバナという美少女を熱演したが、本作では、微妙に揺れ動く人妻の心理を力演。


 必要以上に語らない。やたら叫ばない。控えめなセリフ、音楽。風のゆらぎや雨の音。そして映像美。監督は韓国だが、いまの日本映画で、ほとんど描かれない要素がいっぱい。とにもかくにも、美しい映画。

●Story(あらすじ)
 東京でビデオ・アーティストをしているリョウスケ(眞島秀和)は、北海道の富良野に住む友人を頼って、作品作りにいそしんでいる。

 その日、リョウスケの乗った車が、たまたま故障する。携帯電話もまた、たまたま宿に忘れてしまう。思案の末、リョウスケは、近くの家で電話を借りることにする。ドアがあく。なんと、そこにいるのは、リョウスケの高校時代の恋人だった春香(真田麻垂美)ではないか。すでに、23年の時間が経っている。春香はすでに結婚しているが、リョウスケは、いまだ独身である。

 翌日、リョウスケは春香を撮影に誘う。たまたま、春香の夫は仕事のために出張中である。古い倉庫がリョウスケの撮影場所。倉庫の壁が、美しい模様を作っている。雨が降ってくる。窓ガラスに雨が滴る。雨宿りするリョウスケと春香に、高校時代の記憶がよみがえってくる。通学のバスで知り合ったこと。自転車であちこちを走ったこと。

 リョウスケは言う。「君に読んでほしくて文章を書き、見てほしくて写真を撮り、聴いてほしくて曲を作って、それが仕事になった」と。春香は、リョウスケが高校時代に作った曲を思い出し、いっしょに唄う。

 春香に娘から電話がかかってくる。つい、家族のことを聞くリョウスケ。リョウスケが東京に戻る日が近づいている。明日、もう一日、いっしょにいたいと頼むリョウスケ。春香は断る。「この駐車場で待っている」と言うリョウスケに、春香は言う。「今日、楽しかった。これでじゅうぶん」と。

 翌日。春香は戸外でボランティア活動をしている。まるで、春香の胸の内のように、木々が風に揺れている。思わず春香は、リョウスケの待つ駐車場に向かう。廃校を利用した、緑に囲まれたカフェに入るふたり。リョウスケは、春香のために作った曲をピアノで弾く。かつての夢を語り、それぞれのいまを語る。

 木漏れ日がさす。風が吹きわたる。リョウスケは春香に、「いつかオーロラを見に行こう」と言ったことを思い出す。リョウスケは、いまだ秘めた想いを打ち明けることができない。刻一刻、時間が過ぎていく。リョウスケと春香の下した決断とは……。

<作品情報>
「心に吹く風」
(C)松竹ブロードキャスティング

2017年6月17日(土)、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
公式サイト

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