しあわせな人生の選択 【今週末見るべき映画】

2017年 6月 30日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 初老の男同士、トマスとフリアンは、離れて住んでいても、固い友情で結ばれている。トマスは、カナダの大学教授。フリアンは、スペインのマドリードで舞台俳優をしている。フリアンは妻と離婚、二コという息子がオランダのアムステルダムの大学に通っている。いまはひとり暮らしのフリアンは、犬のトルーマンを、もうひとりの息子のように可愛がっている。トマスは、フリアンのいとこにあたる女性パウラから、フリアンが肺がんに侵されていることを知る。4日間の休暇をとったトマスは、カナダからマドリードに向かう。「しあわせな人生の選択」(ファインフィルム配給)は、ざっと、このような映画である。


 死期近いフリアンは、トルーマンの新しい飼い主を探したり、治療を中断しようと考えたり、葬儀の段取りを手配していて、いろんなところにトマスを連れていく。さらにフリアンは、息子の誕生日に、日帰りで、トマスをオランダまで連れていく。

 いわばフリアンの終活を描いた、たいへんシリアスな話だが、舞台俳優で、映画も作っているフリアンは、どこででも、どんな状況でも、多くのジョークを飛ばす。笑えないジョークもあるが、これがフリアンの性格でもある。一方、誠実そのもののトマスは、フリアンのジョークに苦笑いし、親身になってフリアンに寄り添う。

 たまに大阪から出てくる友人がいる。積もる話は尽きない。すでに、お互いの両親はいない。それぞれの体調がどうかといった話になる。どちらも健康な体のうちはいいが、こればかりは、いつどうなるか、分からない。


 フリアンがトマスから教わったことを話す。「見返りを要求しない、なにも要求しない」。トマスがフリアンから教わったことを話す。「勇気だ、決して逃げ出さない」。このような会話に、ふたりの深い友情を感じる。このような会話を交わせることを、うらやましく思う。

 「がん宣告」を受けないまでも、人はある年齢に達すると、みずからの「死」について、思いを馳せるものである。なにを、だれに、どのように残すのか。葬儀は、墓は、などなど。まだ、何も考えていない身でも、つい、フリアンの行動には、なるほどと思えることが多い。


 たまたまだが、無礼だった者に出会うと、嫌みのひとつも言い、フリアンが妻を寝取ったことのある亭主に出会うと、謝罪のひとつもする。フリアンのひとつひとつの行動が、トマスの視線から、巧みに捉えられる。

 母親の闘病生活、母親の死に直面した経験のある、セスク・ゲイの脚本、監督になる。おそらく、日本では初の公開作になるが、感傷的ではなく、ユーモラスな視点を忘れない力量は、大きく評価されていい。


 トルーマンと名付けられた犬の表情が、いい。試験的に里親に預けられるときの切ない表情。犬好きには、トルーマンがいったいどうなるか、とても心配になるだろう。

 フリアンに扮したリカルド・ダリンは、アルゼンチン生まれ。オムニバス映画「人生スイッチ」では、ビルを解体爆破する職人に扮し、痛快な演技で楽しませてくれた。ここでも、死期迫る男の心理、行動を力演。トマス役のハビエル・カマラは、ペドロ・アルモドバル監督の「トーク・トゥ・ハー」、「バッド・エデュケーション」でおなじみだろう。飄々として、フリアンの言動に寄り添い、相変わらず達者なところを見せる。


 シンプルなギター・ソロ、舞台「危険な関係」で使われるハイドンの弦楽四重奏曲第79番などなど、品のいい音楽が控えめに彩る。

 死を目前にした人生の選択。いずれ、だれしもが通る道、だれしもが経験することである。公開時には、改めて、じっくりと見直したい。

●Story(あらすじ)

 雪の降るカナダ。大学で教えているトマス(ハビエル・カマラ)は、4日間の予定で、スペインのマドリードで舞台俳優をしている古くからの友人フリアン(リカルド・ダリン)の見舞いに向かう。トマスは、いつも連絡をとりあっているフリアンのいとこにあたる女性パウラ(ドロレス・フォンシ)から、フリアンが肺がんに侵されていることを聞いての旅である。

 マドリードに着いたトマスは、フリアンの家近くのホテルに入る。トマスはフリアンを訪ねる。フリアンは、トマスの突然の来訪に驚くが、うれしさを隠さない。トマスの知るところでは、フリアンはすでにがん治療を放棄したようだ。「その決断には議論の余地がある」と言うトマスに、フリアンは食ってかかる。「みやげのウィスキーをおいて、カナダに帰れ」と。それでも、フリアンは、トマス来訪を歓迎する。

 トマスは、フリアンが息子のように可愛がっている犬のトルーマンを連れて、パウラと会う。ふたりはフリアンの体調を気遣う。

 フリアンは、自分が亡くなることを考えて、飼い主がいなくなったとき、犬の様子がどうなるのか、どうすればいいのかを、獣医のところに相談に行く。もちろん、トマスも同席する。フリアンは、自分のようなひとり暮らしの男性に、トルーマンを託したいと考えている。

 フリアンとトマスは、中断しているがん治療をめぐって、主治医のもとを訪ねる。フリアンはすでに治療を放棄、成り行きに任せるつもりである。余命を医者に尋ねても、「末期の症状による」と答えるだけ。治療の意味を問いかけるフリアンに、医者は、「時間が稼げる」と答えるしかない。「もっと考えろ」というトマスに、フリアンは、「もう一年、考えてきた」と言う。

 ふたりは書店に入り、動物心理学についての本を買う。フリアンの目は、「死ぬ瞬間」、「死への誘い」といった本に注がれる。

 夜、フリアンの演じる「危険な関係」の舞台を見るトマスとパウラ。上演後、トマスとパウラは、フリアンを気遣いながらも、お互いの境遇を話す。そして、トマスはパウラに、「フリアンは医者に別れを告げた」と話す。

 夜中、ホテルで寝ているトマスに、フリアンから電話が入る。寝付かれないでいるフリアンを気遣うトマス。

 2日目の朝。フリアンはトルーマンを連れて、ホテルにやってくる。フリアンは、浴室でトルーマンを洗う。この日、フリアンの予定は、飼い主が亡くなったときのことを考えて、犬の里親候補の家に、トルーマンを連れていくことだった。トマスとともに里親候補の家に着く。とりあえず、1日、試しにトルーマンを預かってもらう。

 その後、フリアンはトマスを葬儀屋に連れていく。土葬か火葬か、墓や骨壺はどうするかなどを打ち合わせ、個人情報を登録する。

 レストランで話すふたり。「少し金を置いていく、必要だろう」とトマス。「帰る前に、おれに気づかないように、クッキー瓶に入れてくれ」とフリアン。

 舞台の後、フリアンは劇場支配人から、病気のせいで、今月限りの、事実上の解雇通告を受ける。「崖っぷちだ」とフリアン。

 今日は、フリアンの息子ニコ(オリオル・プラ)の誕生日である。息子との昼食に誘われたトマスは賛同する。しかし、息子はなんとオランダのアムステルダムの大学に通っている。てっきり、マドリードと思っていたトマスは、驚きながらも、「ニコには、ほんとうのことを話せ」と言い、ふたりはアムステルダムに向かう。

 ときおり、フリアンは咳をする。自ら、余命いくばくもないことを悟っている。ニコのこと、トルーマンのこと、自らの葬儀のことなど、ひとつひとつフリアンは、決着をつけようとする。そんなフリアンを、トマスは静かに見ている。(文・二井康雄)

<作品情報>
「しあわせな人生の選択」
(C)IMPOSIBLE FILMS, S.L. /TRUMANFILM A.I.E./BD CINE S.R.L. 2015


2017年7月1日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
公式サイト

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