ボンジュール、アン 【今週末見るべき映画】

2017年 7月 6日 08:00 Category : Art

このエントリーをはてなブックマークに追加

雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 フランスではカンヌ映画祭が開催されている。アンは、著名なアメリカの映画プロデューサーの夫マイケルと、カンヌのホテルをチェックアウトしようとしている。アンの耳の具合がおかしく、マイケルの仕事先のブダベストに同行できず、先にパリに戻ることになる。列車は観光客で満員だ。アンは、マイケルの仕事仲間で、車でパリに戻るフランス人男性ジャックに同乗することになる。


 車では、7時間ほどでパリに着くはずだが、ジャックはアンを、途中の名所旧跡に案内する。セザンヌが描き続けたサント・ヴィクトワール山などの絶景を眺め、著名なレストランに立ち寄る。映画を発明したリュミエール兄弟の研究所や、リヨンの町などなど、あちこちに寄り道の旅となる。

 映画「ボンジュール、アン」(東北新社配給)で描かれたアンとジャックの旅は、よく出来た観光案内そのもの。ワインやチーズ、料理、音楽、美術など、とにかく博識で教養豊か、人脈も多いジャックが、アンをガイドし、通訳する。このガイドぶりが半端ではない。


 ジャックは至れり尽くせりで、カンヌからパリまで、まるで、自分の庭のように、みごとなガイドぶりを披露する。だから観客は、アンとともに、至福の旅を経験することになる。
 うらやましい人たち、と思うが、人生、いいことばかりではない。映画のラスト近くでは、アンにも、ジャックにも、それぞれに辛い過去があり、現在もまた、辛さを抱えていることが分かる。単なる、観光案内だけの映画ではない。

 人を愛し、おいしいものを食べたり、飲んだりする。人生は短く、楽しむもの。それはその通りだが、経済的に余裕のない身分では、そうもいかない。余裕のありそうなアンやジャックですら、辛く切ない過去があり、いままた人生の曲がり角に直面する。一歩踏み出すのか、踏みとどまるのかの悩みもある。


 アンの下した決断、決心は、具体的には描かれていないが、映画を見たそれぞれの人に、それぞれの見解を持つ余韻を残す。綿密に計算されていると思うが、いろんなシーンのひとつひとつに余裕を感じる。時には緩く、時には鋭く、緩急自在の演出をみせる。

 監督は、ドキュメンタリー映画「ハート・オブ・ダークネス/コッポラの黙示録」を撮ったエレノア・コッポラである。これが劇映画としては初の監督作だが、堂々たるもの。「地獄の黙示録」などを撮ったフランシス・フォード・コッポラの妻であり、「ロスト・イン・トランスレーション」や「ブリングリング」などを撮ったソフィア・コッポラの母親である。1936年生まれだから、すでに80歳を超えている。「地獄の黙示録」という映画以降、エレノア・コッポラには、多くの苦労があったと思われる。この辛い経験が、一見、ゆったり、のんびりしたような映画に、切ないが後味のいいドラマに生かされている。


 アンを演じたのはダイアン・レイン。かつて「リトル・ロマンス」で映画デビューした少女は、いまや熟女。過去の哀しみを抱えながらも夫に尽くす人妻の喜怒哀楽を、ごく自然に演じる。マイケル役のアレック・ボールドウィンの出番は少しだが、アンがいないと何もできない仕事人間で、いつもアンの携帯に電話をかける有能な映画プロデューサーという設定を、しっかり楽しんでいる。ジャックを演じたのは、脚本家、映画監督でもあるアルノー・ヴィアール。教養たっぷり、魅力たっぷりの中年男を、軽やかにこなす。

 エレノア・コッポラの好みだろうか、音楽が洒落ている。モーツァルトの弦楽四重奏曲の第19番「不協和音」。シャルル・トレネのシャンソン「残されし恋は」と、エリック・サティのシャンソン「ジュ・テ・ヴー」(あなたが欲しい)を、ウテ・レンパーが唄う。さらに、フェニックスの「ガールフレンド」などなど、洒落た選曲だ。


 中年、熟年と年齢を重ねると、どこかで、自らの人生を見つめ直すことがある。好きなことばかりをして生きていければいいが、なかなかそうもいかない。だが、人生は続く。せめて、悔いのないよう、できるだけでいいから、好きなことをしていたい。齢80、エレノア・コッポラからの、人生応援メッセージのような、さわやかな映画。映画に出てくるワイン、チーズ、料理もまた、さわやかなあと味を残して、この映画、かなり好きである。

●Story(あらすじ)

 カンヌで国際映画祭が終わろうとしている。アメリカの著名な映画プロデューサー、マイケル(アレック・ボールドウィン)と、その妻のアン(ダイアン・レイン)は、これからバカンスに出かけようとしている。マイケルに仕事の電話が入る。新作のためにブダペストまで行かなければならない。マイケルとアンは、マイケルの仕事仲間のジャック(アルノー・ヴィアール)の運転する車で空港に向かう。飛行機に乗る寸前、アンの耳の具合が悪くなり、マイケルに同行するのを取りやめ、パリの友人宅に泊まることになる。あいにく列車は観光客で満員である。アンは、車でパリに戻るジャックに送ってもらうことになる。

 パリまでは、車で約7時間。夕方までには着く距離である。ジャックは「まずはランチ」と、有名なレストランに誘う。生ハムにメロン、高級そうなワインと、なかなかのランチである。ジャックは、ワインやチーズの知識が豊富で、聞き役のアンはただ驚くのみ。

 やがて、セザンヌの絵で有名なサント・ヴィクトワールの山なみが見えてくる。あたり一面は、あざやかな色のラベンダー畑だ。ジャックは、この一帯をなぜプロヴァンスというのかを、サラリと語る。車の音楽はモーツァルト。

 プロヴァンスの古い城、ローマ人の作った水道橋と、ジャックは、該博な知識をおもしろおかしくアレンジして話す。写真を撮ることが好きなアンは、あちこちの写真を撮りまくる。

 ジャックは、さりげなく、最高のレストランのあるホテルを予約して、アンを案内する。ヴィエンヌにあるホテルのレストランでは、うまそうなワインがズラリ。アンを気遣うマイケルは、アンが一泊することを知らないで、電話をかけてくる。一泊することを知ったマイケルは、「用心しろ、フランス人は人妻でも口説くぞ」と言うが、自分の背中の痛み止めのクスリのありかをアンに聞くための電話だった。レストランの席で、聞き上手のジャックに、アンは、自分のことを話し出す。アンは、友人と経営していたブティックを閉鎖したこと、18歳になり大学に行くようになった娘に手がかからなくなったことなどを話す。

 翌日、ルームサービスが届く。アンは、パリに直行したいけれど、ジャックのみごとなガイドぶりに、つき合っていく。車が故障する。ふたりは、ローヌ川のほとりでピクニック。チーズ、パン、ぶどうなどがズラリ。ジャックの横たわったポーズは、マネの描いた「草上の昼食」。車は、アンの機転でとりあえず動き出すが、ジャックは別の車を借り受け、パリを目指すことになる。

 リヨンの手前、ジャックは映画を発明したリュミエール兄弟の研究所にアンを案内する。ジャックは所長のロシア系の美人とも親しく、英語のガイドが、アンを案内する。その間に、ジャックはしばらく姿を消してしまう。アン、ジャック、所長の三人は、フランスで一番という市場を歩き、リヨン郊外の有名なレストランに入る。いろいろな種類のチーズ、エスカルゴを楽しむ。さらに、織物に興味のあるアンは、織物博物館を見学する。さまざまな思いが、アンの脳裏をかすめる。

 「まっすぐパリに向かって」と言うアンが、はじめて自らの希望を述べる。ヴェズレーの標識を見て、アンはもう一カ所、寄り道を願う。そこは……。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ボンジュール、アン」
(C)the photographer Eric Caro

2017年7月7日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
公式サイト

Ranking

  • 1
    バング&オルフセンの目覚ましクロック「BeoTime」
  • 2
    デンマークの生活の家具―ボーエ・モーエンセン生誕100周年展
  • 3
    ミニマルな建築空間で味わうデザインキッチン|福岡に誕生
  • 4
    クライスラー、ジープ ラングラー ルビコン10周年記念モデルを発売
  • 5
    お洒落なストレッチダウン“YOSOOU”/シーズンの始めにダウンを買う(3)
  • 6
    東京・青山のフレンチレストラン「ブノワ」が営業再開
  • 7
    ”ウイダーin ゼリー”20周年の進化を、佐藤可士和がデザイン
  • 8
    Rの凄み+ゴルフの誠実=VWゴルフR|試乗レポート
  • 9
    日本酒が実はチーズに一番合う?ヨーロッパチーズをもっと楽しむ方法3つ
  • 10
    中島かずき氏インタビュー|どんなときでも、とりあえず手を動かす

Excite ism :

このエントリーをはてなブックマークに追加