ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣【今週末見るべき映画】

2017年 7月 14日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 バレエには、男性女性を問わず、ときおり、傑出したダンサーが現れる。男性で言うと、ワツラフ・ニジンスキー、ルドルフ・ヌレエフ、ジョルジュ・ドン……。ドキュメンタリー映画「ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣」(アップリンク、パルコ配給)のセルゲイ・ポルーニンもまた、そのひとりだろう。


 映画は、ポルーニンのダンサーとしての経歴を、ほぼ編年体でドキュメントしつつ、あいだに、本人や家族、バレエ学校の同級生などの関係者の証言が出てくる。さらに、ポルーニンがまだ幼かったころの映像が、タイミングよく流され、希代の天才ダンサーのほぼ全貌が理解できる。

 ポルーニンは、1989年、ウクライナの小さな町、ヘルソンで生まれる。生来、並外れの柔らかな股関節を持ち、9歳でキエフ国立バレエ学校に入る。さらに2003年、13歳でイギリスのロイヤル・バレエスクールに留学。ロイヤル・バレエ団に正式に入団してほどなく、わずか19歳でプリンシパルに就任する。


 貧しい生い立ちである。ポルーニンの才能を開花させようと、家族が犠牲を払う。高い学費を捻出するために、父はポルトガルに、母方の祖母は、ギリシャに出稼ぎに行く。

 まだ幼いポルーニンが、ルチアーノ・パヴァロッティの唄う「カルーソー」に合わせて、踊っている。これは、ポルーニンの大好きな曲で、パヴァロッティのことを、「ひげのおじさん」と呼んでいる。


 キエフのウクライナ歌劇場。ポルーニンは語る。「バレエは動きに制約があり、演出もある。だがぼくは、自然体で、感じたまま、体が動くままに踊る」。

 1998年、ポルーニンは、キエフのバレエ学校に入学。その才能は群を抜いている。ポルーニンは、まだ若いころから、家族を気遣う。「ぼくのために、家族が外国で働いている」。父は言う。「家族はチームだ。幼い息子が私だけの希望だ」。

 2001年、ポルーニンは11歳で、学年でトップの成績を収め、イギリス留学を決意する。13歳で、ロイヤル・バレエスクールのオーディションを受け、通知が届く。「セルゲイを歓迎します」。

 同級生が、ポルーニンを語る。「優雅な野獣と呼んだりした」と。抜群の才能を発揮したポルーニンは、2006年、ローザンヌの国際バレエコンクールで金メダルを受ける。


 2008年、ロイヤル・バレエ団に入団。わずか1年で、19歳のポルーニンは、史上最年少で、ロイヤル・バレエ団のプリンシパルとなる。新聞に見出しが踊る。「バレエ界のワンダーボーイ」と。その頃、長い別居のせいか、両親が離婚。踊ることで家族がひとつになれると信じていたポルーニンは、心を閉ざすようになる。

 もちろん、大スターだが、プレッシャーもある。異国で孤独。ポルーニンは、コカインに手を出す。その都度、新聞で騒がれる。体のあちこちにタトゥーを入れる。ポルーニンは、ツイッターに書く。「パーティで今夜は眠らないぞ」。

 2012年1月。ポルーニンは、「バレエ団は息苦しい」と、ロイヤル・バレエ団を退団。新聞は書く。「ロイヤル・バレエ団、主役の退団に動揺」。

 映画の後半は、ロイヤル・バレエ団を退団した後のポルーニンのダンス人生を追いかける。世界的に有名で、才能あるダンサーでも、ロシアではスター扱いはされない。ポルーニンは、テレビのダンス番組に自分を売り込み、やがて、父のように慕うダンサー、イーゴリ・ゼレンスキーと出会う。モスクワ音楽劇場のバレエ公演にゲスト出演したポルーニンは、「白鳥の湖」、「スパルタクス」などを踊り、絶賛される。

 ほぼ2年間、順調なバレエ人生かと思われたが、ポルーニンは、単調さに絶えられなくなり、自らに問いかける。「なぜ、続けるのか」と。では、踊りへの情熱が失せてしまったのだろうか。


 ポルーニンは、生まれ故郷のヘルソンに戻る。踊りへの情熱は失われてはいない。そして、ポルーニンは、また、感情を込めて、踊り始めようとする。

 天才少年を抱えた家族の痛切なドラマでもあるが、つねに家族を気遣う、繊細な若者の苦しみのドラマでもある。そして、天才的な表現者は、常に自由を希求し、表現し続ける。

 ポルーニンは、自らが選んだホージアの音楽「テイク・ミー・トゥ・チャーチ」を踊ろうとする。振付をロンドン時代の同級生に依頼、撮影は著名な写真家、デヴィッド・ラシャペルが担当する。ハワイのマウイ島。緑豊か、陽光が射す大きな部屋。ポルーニンが踊り始める。宙を舞う。床に伏せる。圧巻である。

 有名なバレエ、「ジゼル」や「ドン・キホーテ」、「ラ・パヤデール」、「海賊」などで、ポルーニンの踊りが見れるが、短い時間なのが残念。

 このような優れたドキュメンタリーを撮った監督は、スティーヴン・カンター。ポルーニンをはじめ、家族や関係者たちへの敬意があふれていて、感じがいい。

 蛇足ながら、ポルーニンは映画畑にも進出。ジョニー・デップ主演、ケネス・ブラナー監督の「オリエント急行殺人事件」、ジェニファー・ローレンス主演、フランシス・ローレンス監督の「Red Sparrow」、レイフ・ファインズ監督のルドルフ・ヌレエフの伝記映画「The White Crow」が控えている。「The White Crow」では、ポルーニンはヌレエフの友人役を演じるが、ぜひ、見てみたい。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣」
(C)British Broadcasting Corporation and Polunin Ltd. / 2016

2017年7月13日(土)、Bunkamuraル・シネマ、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
公式サイト

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