ブレンダンとケルズの秘密 【今週末見るべき映画】

2017年 7月 28日 08:00 Category : Art

このエントリーをはてなブックマークに追加

雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 好きなアニメーションといえば、古くはフランスの「やぶにらみの暴君」。ロシアのユーリー・ノルシュテイン監督の「話の話」ほか一連の作品。また、イギリスとオランダの合作、マイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督の短編「岸辺のふたり」。日本の山村浩二の一連の作品などなど。といえば、どういったアニメーションが好みなのか、ご理解いただけると思う。


 フランス、ベルギー、アイルランドの合作になる「ブレンダンとケルズの秘密」(チャイルド・フィルム、ミラクルヴォイス配給)もまた、好みにつながるアニメーションの傑作だ。監督は、「ソング・オブ・ザ・シー 海のうた」を撮ったトム・ムーアである。

 「ケルズの書」という本がある。8世紀のはじめ、スコットランドのアイオナ島の修道院で、聖人コルンバの偉業を讃えるために制作された装飾写本だ。表紙は、華麗なケルト文様が施されて、金や宝石が埋め込んであったらしい。中身は、マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4つの福音書からなる。


 9世紀。金を求めて、バイキングがアイオナ島を襲う。「ケルズの書」は、アイルランドのケルズ修道院に移される。その後、金や宝石目当てで盗まれたりするが、いまなお、ダブリン大学のトリニティ・カレッジの図書館に保存され、アイルランドの国宝になっている。ネットで、実物のいくつかのページを見たが、描かれた精緻な文様と、書かれた文字のすばらしさに、うっとりするほどである。


 アニメーション映画「ブレンダンとケルズの秘密」は、この史実にインスパイアされて作られた。ケルズ修道院に住む、好奇心旺盛な少年ブレンダンが、暗黒の世に光をもたらす「聖なる書」を完成させるために、オオカミの妖精たちの力を借りて、悪戦苦闘する。ブレンダンに、書の完成を託す装飾師エイダンが、パンガ・ボンという猫を連れている。パンガ・ボンは、いつもブレンダンに寄り添い、重要な役割を果たす。このパンガ・ボンのしぐさ、表現が、とても可愛く、思わず微笑んでしまう。


 世界に、希望がないわけではない。誰かが、いつか、それぞれの志に、パンガ・ボンのように寄り添い、助けてくれる。あとは、一歩踏み出す勇気だけ。若い人たちだけではなく、老いた世代の人にも、まだまだがんばろうと思わせるアニメーションと思う。


 アイルランド。ダブリン。小泉八雲、バーナード・ショー、オスカー・ワイルド、サミュエル・ベケットたちを生んだ地である。死ぬまでに訪れたい地のひとつだが、もし叶えば、まっさきに「ケルズの書」を見に、トリニティ・カレッジの図書館に行こう。

 そう思わせるアニメーション「ブレンダンとケルズの秘密」は、全編、コミカルでユーモラス。万華鏡を見ているような、デフォルメされた美そのもののケルト文様が、画面いっぱいに広がる。見ものである。


 ブレンダンが、「聖なる書」を完成させようとすることは、暗黒が支配する世界に光をもたらすことである。映画の、あるいはアニメーションのメディアとして果たす役割もまた、暗黒の現代世界に、希望と自由という光をもたらすものではないか。

●Story(あらすじ)
 9世紀 アイルランドのケルズ。バイキングの襲来に備えて、ケルズ修道院を守るために、塀をめぐらす工事が行われている。この砦のような僧院に、好奇心旺盛な少年ブレンダンが住み、塀を作ったり、写本したりしている。そこに、バイキングに襲われたスコットランドのアイオナ島から、一冊の美しい「聖なる書」を携え、修道士のエイダンがやってくる。連れているのはパンガ・ボンという可愛い猫。

 この「聖なる書」には、隠された知恵と力が秘められているが、まだ未完成のページがある。エイダンは、名高い写本家で、最高の装飾師でもある。ブレンダンは、「聖なる書」に多大の興味を示す。「聖なる書」を見たいというブレンダンに、エイダンは言う。「この世はすべて霧の中。決めるのは自分だ」と言って、さらに加える。「その書は、この暗い時代の灯だ。暗闇が光に変わる美しいページを見せよう」と、ブレンダンに「聖なる書」を見せる。そこは、キー・ローというページで、なにも書かれていない。「ここが、最も輝くページになるんだ」とエイダン。

 エイダンは、この本を完成させるために、ブレンダンにインクの原料になるカシの木の実を集めるよう依頼する。

 僧院長の伯父から、森に行くことは禁じられていることを承知で、ブレンダンは、カシの木の実を探すべく、不思議な生き物たちが隠れ住んでいる魔法の森へ出かけていく。パンガ・ボンをお供に連れて、森に分け行ったブレンダンは、オオカミの群れに襲われる。そこに、オオカミの妖精アシュリンが現れ、ブレンダンを助ける。アシュリンの手引きで、なんとかブレンダンは、カシの木の実を持ち帰る。

 エイダンからインクの作り方を学んだブレンダンは、「目がよく見えない、手が震える」というエイダンに代わって、「聖なる書」の完成を引き受ける。

 僧院長から、エイダンとの接触を禁じられていたブレンダンは、僧院に監禁されてしまう。バイキングたちが、ケルズを襲来する日が近づいてくる。

 果たして、ブレンダンは「聖なる書」を完成させることができるのだろうか。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ブレンダンとケルズの秘密」
(C)Les Amateurs, Vivi Film, Cartoon Saloon

2017年7月29日(土)、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
公式サイト

Related article

  • 今週末見るべき映画「グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札」
    今週末見るべき映画「グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札」
  • 今週末見るべき映画「ブラッド・ダイヤモンド」
    今週末見るべき映画「ブラッド・ダイヤモンド」
  • 6日から「中国映画の全貌 2012」が開催
    6日から「中国映画の全貌 2012」が開催
  • 今週末見るべき映画「ワルキューレ」
    今週末見るべき映画「ワルキューレ」
  • 今週末見るべき映画「KANO―カノ―」
    今週末見るべき映画「KANO―カノ―」
  • 今週末見るべき映画「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」
    今週末見るべき映画「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」

Prev & Next

Ranking

  • 1
    バッグの黄金比がここに。チセイというフィレンツェ発レーベル
  • 2
    ミラノサローネ―トルトーナの日本企業、今年はどうだった?
  • 3
    上海のデザインユニット・ネリー&フーの考える家と街
  • 4
    銀座のミキモトにオランダのデザインが一堂に
  • 5
    ミラノサローネ2010、パトリシア・ウルキオラ新作
  • 6
    衝動と愛と。現代アート作家、村山留里子の原点をたどる
  • 7
    吉岡徳仁によるスワロフスキー旗艦店が銀座に
  • 8
    スペイン発のブランド、TOUSの新しい魅力
  • 9
    ノルウェー生まれのデザイン自転車・アルタバイク
  • 10
    「世界は大きな彫刻である」エスパス ルイ・ヴィトン東京でエルネスト・ネト展が開催中

Excite ism :

このエントリーをはてなブックマークに追加