ロスト・イン・パリ 【今週末見るべき映画】

2017年 8月 4日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 まことに人を食ったような、とぼけた映画。とぼけかたの案配がじつにいい。ストーリーもとぼけているが、俳優たちの体の動きが、ことごとく、しなやかで、愉快、もはや名人芸。

 ベルギー生まれの映画監督、俳優、道化師のドミニク・アベルと、オーストラリア生まれの映画監督、俳優、道化師のフィオナ・ゴードンのカップルの新作が、「ロスト・イン・パリ」(サンリス配給)だ。


 アベル&ゴードンは、もともとは舞台の道化師。何年か前に、「アイスバーグ!」と、「ルンバ!」という映画を見たが、これがともに傑作。「アイスバーグ!」は、セリフがほとんどなく、ほぼサイレント映画。氷山好きの女性フィオナが、遠く離れた氷山まで旅をする。「ルンバ!」では、ダンス好きで小学校の教師をしているドミニク・アベルとフィオナ・ゴードンの夫婦が登場。フィオナは交通事故で片足を無くし、アベルは記憶を無くす。素晴らしいダンス・シーンと、その後の身のこなしが見ものだった。

 どちらも、アベル&ゴードンのしなやかな体の動きを見つめ、笑ってばかり。さらにまた、アベル&ゴードンの、あまり変化のない表情が、さらに笑いを誘う。当然、新作にも期待が募る。


 雪深いカナダの村。図書館司書のフィオナは、パリにいるマーサおばさんからの手紙を受け取る。手紙には、「老人ホームに入りたくない、助けて」と書いてある。引っ込み思案のフィオナは、意を決して、パリに向かう。



 フィオナは、マーサの住むアパートを訪ねるが不在である。フィオナは、マーサを探しに、不慣れなパリの町に出る。フィオナは、エッフェル塔を撮影しようとして、バックパックもろともセーヌ川に落ちる。さらに、フィオナは、怪しげなホームレス男のドムにつきまとわれたりする。フィオナは、マーサおばさんを探しに、パリのあちこちをさまよう。

 フィオナ役が、フィオナ・ゴードン。ドム役が、ドミニク・アベルである。このふたりの体の動きに注目されたい。しなやか、そのもの。また、ふたりのとぼけた表情が、じつにいいのだ。フィオナは、シテ駅をさまよう。セーヌ川に落ちる。カナダ大使館で泣きじゃくる。船上のレストランでダンスを踊る。また、セーヌ川に落ちる。


 ホームレスのドムは、タバコを吸う。シャンパンを呑む。葬式でのスピーチが過激になっていく。この一連のふたりの動き、表情を見ていると、もう、これ以上、笑えなくなるほど、笑う。
フィオナに負けず、ドムのとぼけようもまた、見もの。


 マーサおばさん役は、今年の1月、89歳で亡くなったエマニュエル・リヴァである。アラン・レネ監督の「二十四時間の情事」、最近では、ミヒャエル・ハネケ監督の「愛、アムール」に出ていた大女優。さらに、脇役ながら、ピエール・リシャール、フィリップ・マルツが出演。


 これが伝統というものだろうか。バスター・キートン、チャールズ・チャップリン、ジャック・タチらの伝統芸に、アベル&ゴードンは、独自の芸風を加味する。どのような芸風かは、ともかく、見てもらうしかない。監督、脚本は、もちろんドミニク・アベルとフィオナ・ゴードン。

 注目シーンが続出する。外は吹雪、ドアを開けると、みんな、吹雪で吹き飛ばされそうになる。エマニュエル・リヴァとピエール・リシャールが、ベンチに座って、足だけで軽妙なダンスを踊る。ゴタン・プロジェクトの演奏する、フランク・ザッパをカバーした「チャンガの復讐」に合わせて、アベル&ゴードンが、見事なタンゴを踊る。



 音楽の選曲センスが冴えている。「エル・チョクロ」など、アルゼンチン・タンゴの多くの名曲を作ったアンヘル・ビジョルドが作曲、ファン・ダリエンソ楽団の演奏する「エル・エスキナーソ」(街角)が、ホームレスのドムが登場するシーンで使われる。直訳は「街角」だが、スラングでは、「おいてきぼり」、「肘鉄砲」といった意味があるらしい。ドラマの展開を暗示する抜群の選曲と言える。また、ショスタコーヴィチの「ジャズ組曲第1番」から、「フォックストロット」と「ワルツ」。さらに、ガトー・バルビエリの作曲、ゴタン・プロジェクトの演奏になる「ラスト・タンゴ・イン・パリ」などが、さりげなく流れる。ラスト近くに、エリック・サティの「ジムノペディ」も。選曲の妙。うまいなあ、と唸ってしまう。


 のんびり、さわやか。愉快。屈託なく笑える。ほんのちょっとしたしぐさ、動きまでもが、計算された演出だろう。エマニュエル・リヴァ、ピエール・リシャールといった名優たちが、その演出に、さも楽しそうに応えている。

 偶然が偶然を生み、重なる。その都度、小粋な笑いを誘う。ややブラックながら、ほどのいいジョークの連発。なんともハッピーな気分になる。それを体の動き、表情で伝えるアベル&ゴードンは、多芸で、才気煥発。お見事である。

 つくづく、日本のテレビバラエティ番組のくだらなさを思う。制作サイドの人たちが見ると、目から鱗、のはず。しっかり、勉強しなさい、と言いたくもなる。もっともタレントがいないので、いかんともしがたいのだが。

●Story(あらすじ)
 雪深いカナダの村。マーサおばさんは、幼い姪のフィオナとともに、吹雪のなかにいる。マーサはフィオナに、あこがれのパリに行く決意を語る。「私も行くわ」とフィオナ。

 成人したフィオナ(フィオナ・ゴードン)は、内気で臆病。いまは図書館の司書として働いている。ある吹雪の日、フィオナに一通の手紙が送られてくる。差出人は、ゴミ箱で汚れた手紙を見つけた人で、同封された汚れた手紙は、パリにいるマーサおばさん(エマニュエル・リヴァ)からだった。

 マーサは、かなり認知症が進んでいるらしく、フィオナに宛てた手紙をポストに入れずに、路上のゴミ箱に入れてしまう。それでも、その手紙は、ぶじ、フィオナに届いたのだ。「まだ88歳なのに、老人ホームに入れられてしまう、助けて」との手紙に、フィオナはパリ行きを決心する。

 フィオナにとって、初めての旅である。シテ駅でも、うろうろするばかり。改札では、バックパックが挟まったりで、あわてふためく。フィオナは、なんとか、サンジェルマンのマーサの家を訪ねあてるが、マーサはいない。大きなバックパックを背負い、フィオナはマーサを探すべく、パリの町をさまよう。

 エッフエル塔の見えるドゥビリ橋。塔の絶景を写真に撮ろうとしたフィオナは、バックパックもろとも、セーヌ川に落ちてしまう。バックパックは流されていく。ほど近いシーニュ島は、ホームレスの多くいるところで、ドム(ドミニク・アベル)もここに住むひとり。ドムは、川岸に流れ着いたフィオナのバックパックを拾う。

 フィオナは着のみ着のまま、カナダ大使館を訪ね、すべての所持品を無くした届けを出す。泣き出すフィオナに同情した大使館員は、船上のレストラン「マキシム」の無料チケットをくれる。

 ドムは、拾ったバックパックから抜き取った現金で、船上レストランで食事を決め込む。たまたま、ここでフィオナがワインを呑んでいる。ドムは、レストランの客をダンスに誘うが、ことごとく断られる。テーブルにうつぶせになっているフィオナを見つけたドムは、フィオナをダンスに誘う。やがて、無くしたバックパックを拾ったのがドムだと悟ったフィオナは、ドムに迫るが、ドムは体よく逃げ出してしまう。

 フィオナは無くしたバックパックを取り戻せるのだろうか。また、フィオナは、行方不明のマーサと出会えるのだろうか。見知らぬ土地パリで、フィオナの冒険はやっと始まったばかり。フィオナは、マーサの家の近くのカフェで、マーサがすでに亡くなっていることを知ることになるのだが……。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ロスト・イン・パリ」
(C)Courage mon amour-Moteur s'il vous plaît-CG Cinéma

2017年8月5日(土)、渋谷・ユーロスペースほか全国ロードショー
公式サイト

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