映画監督外山文治短編作品集 【今週末見るべき映画】

2017年 8月 25日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 「ひさしぶりに、優れた日本映画を見た」と思った。外山文治監督の短編、3作品だ。

 「映画監督外山文治短編作品集」は、「此の岸のこと」(30分)、「わさび」(20分)、「春なれや」(20分)の3本の短編からなる。配給、宣伝を、監督自身が務める。ふつう、映画は、配給会社を通して一般公開されるが、このほどの短編集は、監督自身が、劇場(渋谷ユーロスペース)に交渉しての一般公開で、監督自身が配給、宣伝など、さまざまな業務を行う。あまり聞いたことのない、珍しいケースでの公開である。

 短編3作品の出来がいい。まず、監督自身の手になる脚本が、しっかりしている。余計なセリフがない。「此の岸のこと」には、そもそも、セリフはない。有名無名を問わず、俳優たちの抑制の効いた演技が、とても自然でいい。なによりも、監督が登場人物に注いだまなざしが、とてもあたたかく、優しい。並々ならぬ演出手腕と思う。


 「此の岸のこと」は、老老介護に疲れはてた夫が、重い認知症の妻を伴い、ふたりの思い出のある湖畔に出かけて行き、ボートに乗る。ただそれだけの話を、静謐に綴る。声高に叫ばない。悲惨な現実なのに、ひたすら、美しく撮る。それが、ぴたり、30分に収まる。


 夫役は遠山陽一、妻役は百元夏繪。いずれも、蜷川幸雄の主宰する、高齢者による表現集団、さいたまゴールド・シアターの団員で、遠山陽一は1936年生まれ、百元夏繪は1942年生まれ。演技の訓練を受けているとはいえ、もともとはプロの俳優ではない。だからこそのリアリティがあるのだろう。

 「春なれや」は、芭蕉の「野ざらし紀行」に収められた句、「春なれや名もなき山の朝霞」からのタイトルと思われる。主演は、吉行和子と村上虹郎。


 60年ほど前、少女の三浦小春は、初めて恋した青年と、校舎の庭に、桜の苗木を植える。小春は、「この木は、ずっとここで咲いているのね」と言う。「ずっとは無理。ソメイヨシノは60年経ったら咲くことができない」と青年。ふたりは、「60年後、またここで桜を見に来よう」と、遠い未来への約束を交わす。


 60年後、桜の花びらが散るころ。小春(吉行和子)は、いまや徘徊老人。たびたび交番の世話になっている。交番から逃げ出した小春は、近くの温泉宿で働いている青年、西村幹夫(村上虹郎)に声をかける。「連れていってほしいところがある」と。幹夫は、小春を自転車に乗せる。

 以前、外山監督は、俳句を詠む吉行和子を招き、「燦燦ーさんさんー」という、シルバー世代の婚活をユーモラスに描いた長編劇映画を撮っている。その縁で、「俳句のような映画を作ろう」との思いが一致、「春なれや」が実現した。

 柔らかな春の日差し、桜の花びらが降りしきるなか、吉行和子扮する小春の表情に、多くの意味が籠もる。だから、俳句のような映画。20分のなかに、永遠が見える。

 「わさび」の主演は、芳根京子である。外山監督は、「10年、いや20年にひとり出るか出ないかの逸材」と、その演技、存在を評価する。NHKの連続テレビ小説「べっぴんさん」に出る前からである。


 雪の降る寒い日。寿司屋の「やま乃」で、17歳の山野葵(芳根京子)は、わさびをおろしている。寿司職人の父親、山野和夫(杉本凌士)が、こころの病を患う。以来、店は暖簾をおろしたままである。

 葵は、大学進学をあきらめ、父のあとを継ごうと決める。離婚した母親、房子(富田靖子)は、寿司職人になることに反対する。すぐに再婚した身勝手な母親だが、「いっしょに連れていけばよかった」と、それなりに葵のことを心配してくれるが、母親には母親の新しい人生がある。いまや、誰も頼りには出来ない。「私の人生、甘くないっス」と葵は思う。


 葵はかつて、梅田庄吉(下條アトム)が監督を務める少年野球チームに所属していた。葵は、梅田に再会する。梅田には、ある事情があって小指がない。幼いころ、小指のない梅田の投げるボールを、葵は、「魔法」と信じていた。粉雪が降りしきる中、葵は、梅田の投げるボールに、向かい合う。

 いまの日本の映画界の、さまざまな常識にはまらない形での製作、公開だろう。おそらく、このような作風の映画に、多大の資金が集まるとは思えない。そんな環境で、映画監督外山文治という才能が、花を開こうとしている。自ら脚本を書き、監督し、製作、配給、宣伝までこなす。

 撮りたい映画を撮りたいように撮り、公開まで導く。こういった作業を続けていくことも、映画作家としての才能だろう。くだらない流行など、無視すること。映画をお金でしか見ていない人たちなど、無視すること。

 外山監督の先輩筋にあたる映画監督、篠原哲雄は、外山作品に痛快なコメントを寄せている。「くそったれな流行に目もくれず、着実に人間の奥底に潜む、理不尽な運命に逆らう想いを、映画ならではの美しさで描いている」。

 いま、ぼくたち観客は、外山文治という才能に出会った。このまま、撮り続けていってほしい。(文・二井康雄)

<作品情報>
「映画監督外山文治短編作品集」
(C)外山文治

2017年8月26日(土)、渋谷ユーロスペースで公開
公式サイト

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