パターソン 【今週末見るべき映画】

2017年 8月 25日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 大きな事件など、起こらない。ジム・ジャームッシュ監督の新作「パターソン」(ロングライド配給)は、アメリカのニュージャージー州の町パターソンに住む、バスの運転手パターゾンの一週間ほどの出来事を、淡々とスケッチする。どこにでもいる市井の人たちの、ごくふつうの暮らしである。パターソンのなじみのバーでは、カップルや夫婦のもめごとなどがあるが、平凡といえば平凡。しかしながら、ジャームッシュの脚本は、飄々とした語り口で、観客を引き込んでいく。


 ジャームッシュといえば、「ストレンジャー・ザン・パラダイス」、「ダウン・バイ・ロー」などの監督である。「コーヒー&シガレッツ」を見て、驚嘆した。コーヒーとタバコが、人生に絡みつく。短いエピソードの積み重ねから、さまざまな人生が浮かび上がる。好きなのは「ブロークン・フラワーズ」だ。まるで、「舞踏会の手帖」の逆バージョンともいえる展開で、ビル・マーレイが、かつてつきあった女性たちを訪ねていく。


 もはや、ジャームッシュ節とも言える、あざやかな語り口が、「パターソン」ではさらに洗練されている。

 主人公パターソンの一日は、判で押したように決まっている。朝、妻のローラにキスをする。バスを走らせる。合間に、思い浮かんだ詩をノートにメモする。たとえば、食卓のテーブルでマッチ箱を手にとる。仕事の出発前、パターソンは書く。「我が家には たくさんのマッチがある 常に手元に置いてある 目下 お気に入りの銘柄は オハイオ印のブルーチップ でも以前は ダイヤモンド印だった」。このようなメモをもとに、パターソンは詩を書き続けている。


 家に戻り食事、マーヴィンというブルドッグを散歩に連れだし、バーで一杯のビールを呑む。ただそれだけの日常である。

 パターソンは、日常の何気ないモノ、コトを観察する。バスからの眺めや、バーに集う人たちやバスに乗っている人たちの会話などにも耳を傾ける。妻のローラは、パターソンを愛していて、優しく包み込む。詩人パターソンにとっては、平凡なこと、退屈なことはないのである。パターソンは、日々のささいな事象に、詩を見いだしているのだから。

 アメリカのニュージャージー州、ラザフォード生まれの詩人で、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズがいる。ウィリアムズは、「パターソン」という、5巻からなる詩文集を刊行している。これは、パターソンという町の歴史や地理、友人に宛てた書簡や、さまざまな散文が収められている。

 ウィリアムズは、中風を患いながらも、日本の詩人に書簡を届ける。「詩への理解だけが、異民族を結ぶ唯一の絆です」と。映画のなかでも、重要なところで、ウィリアムズの話がたびたび登場するので、留意されたい。

 映画では、アダム・ドライバーが扮するパターソンの書いた詩が、いくつか引用される。日々の平凡さからは思いつかないほどの豊穣な言葉の数々は、ジャームッシュ監督の好きな詩人ロン・バジェットの詩である。これがどれも、いい。それぞれ、アダム・ドライバーの味わいのある手書き文字で、出てくる。もう少し、時間をかけて、読んでいたいと思うほどの味わい。そのほか、エミリ・ディキンスン、フランク・オハラなどの詩人たちもチラリと登場する。


 パターソンを演じたアダム・ドライバーの寡黙な演技に魅せられる。ほとんど表情に変化がないが、無言のままの表情が雄弁で、感情の揺れを見事に表現する。いろんなことに興味を持つ妻のローラ役は、イラン出身のゴルシフテ・ファラハニ。リドリー・スコット監督の「ワールド・オブ・ライズ」や、アスガー・ファルハディ監督の「彼女の消えた浜辺」に出ていたので、おなじみだろう。事実、パターソンという町には、イスラム系の移民が多い。けだし適役だ。


 もう一人、いや一匹、ブルドッグでマーヴィンと呼ばれる犬が、もう名演技。表情、動きのことごとくが、絵になっている。カンヌ国際映画祭では、パルム・ドッグ賞を受けながら、発表前に亡くなる。

 日本の永瀬正敏が、「ミステリー・トレイン」以来、ジャームッシュ作品に出ている。大阪からパターソンの町にやってきた詩人という設定である。パターソンとの洒脱な会話が楽しい。

 詩そのものが映画のテーマではないと思うが、詩を愛するジャームッシュならではの映画。日々のささいなことにも、必ず詩が内在する。シンプルだが繊細、そこはかとないユーモアが漂い、市井の人たちに注ぐジャームッシュの優しいまなざしに、うっとりする。

●Story(あらすじ)
 ニュージャージー州の町、パターソン。市バスの運転手をしているパターソン(アダム・ドライバー)の一日は、妻のローラ(ゴルシフテ・ファラハニ)へのキスから始まる。

 パターソンは、勤務先のバスの車庫まで、歩いていく。パターソンは、バスを運転し、フロントガラスから町の景色を眺め、乗客の会話を耳にする。パターソンに詩が浮かぶ。乗務の合間に、浮かんだ詩をノートに書きつける。

 帰宅したパターソンは、ローラと夕食をすませ、犬のマーヴィンを連れて散歩に出る。マーヴィンをバーの前に繋ぎ、ビールを一杯だけ、呑む。

 ある月曜日。ローラは双子の夢をみる。以来、ローラの見た夢のせいか、パターソンは、あちこちで双子を見かけるようになる。

 火曜日。ローラは、古代ペルシャの夢をみる。パターソンは、車庫で同僚の愚痴を聞いている。ローラは、パターソンに言う。「詩を書き留めたノートのコピーをとれば」と。ローラは、ギターを弾くのが夢と語る。バーでは、別れたばかりのカップルが、喧嘩をしている。

 水曜日。ローラは、帰宅したパターソンに、「今日はどうだった」と聞く。「いつも同じさ」とパターソン。パターソンは、ランドリーで詩を朗唱しているメソッド・マン(クリフ・スミス)と出会う。パターソンは、バーに飾ってあるアレン・ギンズバーグや、俳優のルー・コステロの写真を眺める。

 木曜日から日曜日。いつもと変わらないパターソンの一日が続く。ローラがカップケーキ作りで家にいなかったり、運転するバスがエンストを起こしたりする。ギターが弾けるようになったローラは、「線路は続くよ」を覚えているところまで、弾き語る。ローラの作ったケーキがたくさん売れる。パターソンとローラは、お祝いに映画を見る。モノクロのホラーで、チャールズ・ロートンの出ている「獣人島」だ。

 パターソンにとって、大きな事件が起こる。いつも、バーの前に繋がれている犬のマーヴィンの仕業である。パターソンは、「おまえがきらいだ」と機嫌が悪くなるのだが……。(文・二井康雄)

<作品情報>
「パターソン」
(C)2016 Inkjet Inc. All Rights Reserved.
Photo by MARY CYBULSKI

2017年8月26日(土)、東京・ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
公式サイト

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