ダンケルク 【今週末見るべき映画】

2017年 9月 8日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 このところ、よく聞かれる。「ダンケルク」を見た?と。「見た」と答えると、「どうだった?」と。「ものすごい。まるで現場にいるみたい」と答える。

 これはもう、映画という枠をはみ出している。もはや、事件。観客のひとりひとりが、映画のすべてのシーンに立ち会っているかのようなのだ。つまりは、臨場感たっぷり。「ダンケルク」(ワーナー・ブラザース映画配給)は、1940年5月、フランスの港町ダンケルクを、陸、海、空から取り囲んだドイツ軍の猛攻を逃れ、多くのイギリス兵たちの撤退を描いていく。史実では、フランス、ベルギーの兵士たちも大勢いたのだが。


 空では、少数のイギリス戦闘機で、ロールスロイスのエンジンを搭載したスピットファイアが、ドイツ空軍の誇る戦闘機メッサーシュミットと戦うが、陸と海では、ひたすら撤退するシーンばかり。

 撤退するとはいえ、陸、海、空から、ドイツ軍の攻撃がある。いつ死ぬか、分からない。早く、船に乗り込み、ダンケルクからドーバー海峡に出ていかなければならない。時間との戦いである。チャーチルが判断した撤退作戦である。ひとりでも多く、撤退させたい。被害は最小限にくい止めなければならない。


 イギリスに生まれ、「メメント」、「インソムニア」、「プレステージ」、「ダークナイト」、「インセプション」、「インターステラー」などを撮ったクリストファー・ノーランが監督である。インデペンデント映画をヒットさせ、常にチャレンジを試み、次々に大ヒット作を放った監督である。フィクションではなく、史実を題材にした映画は、これが初めてだと思う。しかも、膨大な製作費がかかったと思われる大作である。


 映画は、「ダンケルクを包囲した」とのドイツ軍からのビラが、空から落ちてくるところから始まる。ひとりのイギリス兵士が、銃撃戦から逃れて、ダンケルクの浜辺にたどり着く。イギリス、フランスの多くの兵士が、海からの救出を待っている。イギリスの艦船はもちろん、民間船まで総動員で、兵士たちの救出に向かう。

 「防波堤 1週間」、「海 1日」、「空 1時間」という字幕が出る。時間の単位が異なるが、防波堤と海からの撤退、空での戦闘という3種のシーンが、入れ替わり立ち替わり、交互に出てくる。防波堤、海、空でのシーンが、まるで現在進行形のように錯覚する。編集の巧みさだろう。観客は、防波堤でドイツ軍の爆撃にさらされ、救出された船で魚雷の攻撃にあい、スピットファイアのコックピットに乗ることになる。


 防波堤で兵士たちを指揮する海軍中佐は、ケネス・ブラナー。民間の船の船長で、兵士の救出に向かうのは、マーク・ライランス。少数のスピットファイアで、メッサーシュミットを迎撃するパイロットは、トム・ハーディー。出番は少ないが、謎のイギリス兵は、キリアン・マーフィー。著名なイギリスの俳優たちが、1940年のダンケルクに集結する。

 タイトルは失念したが、なにかの映画の完成披露試写で、「ダンケルク」の10数分のフッテージ映像を見た。度肝を抜かれた。セリフやナレーションは、ない。ドイツ軍の陸、海、空からの攻撃に、イギリス、フランスの連合軍の主にイギリス兵たちが、ただ撤退しようとするだけ。本編に大きな期待を抱くのに充分なフッテージ映像であった。本編はこの期待通り、いや、それ以上。


 音楽というより、音響効果がすさまじい。心臓の鼓動のようなドキドキ音と、時計の針の音のようなチクタク音が合成されたかのように流れ続け、サスペンスを盛り上げる。音楽担当のハンス・ジマーのスコアを、金管楽器が奏でる。監督の提案で、ハンス・ジマーは、エルガーの「エニグマ変奏曲」の第9番「ニムロッド」をアレンジしたものを、自らのスコアに融合させる。「ニムロッド」とは、エルガーの友人のドイツ人の愛称らしい。「威風堂々」と並んで、この静謐な変奏曲は、いまなお、イギリス人に親しまれている曲だ。

 撤退は、チャーチルの予想した死者の数を大きく下回り、作戦は一応の成功となる。ここでの撤退作戦が失敗していたなら、世界の歴史は変わっていたかもしれない。

 クリストファー・ノーランは、多くを語らない。観客を、1940年5月のダンケルクの浜辺に、ただ誘うだけ。戦争の無意味さなどは、分かりきっていること。アメリカ映画だが、イギリス勢が、自らの「名誉ある撤退」と、その誇りを記録に残した映画だろう。

 かつて、イギリス映画で「激戦ダンケルク」や、フランスとイタリアの合作で、アンリ・ヴェルヌイユ監督の「ダンケルク」など、ダンケルクの撤退に題材をとった映画があるが、撤退作戦の全体像に迫ったのは、これが初めてだろう。


 つい最近、女性監督ロネ・シェルフィグの撮った「人生はシネマティック!」(11月公開予定)というイギリス映画を見た。1940年のロンドン。ドイツ軍の空爆のさなか、イギリスの戦意高揚のためのプロパガンダ映画を撮ろうとしている。内容は、ダンケルクに追いつめられた兵士を、船で救助した姉妹の活躍を描いた映画だ。この映画化が、政府の検閲や横ヤリが入ったりなど、さまざまな事情で、なかなか進まない。それでもなんとか、映画を完成させようと奮闘する話である。

 クリストファー・ノーランだけでなく、いまなお、イギリスの人たちには、「みんなで仲間を救おう」との「ダンケルク・スピリット」は残っているのだなあと思う。

 映画というより事件。やはり、クリストファー・ノーランという監督はすごい。

●Story(あらすじ)
 1940年5月、フランスの港町ダンケルク。空からビラが落ちてくる。「ドイツ軍が包囲した」とある。ドイツ軍との市街での銃撃戦のなか、ひとりの若いイギリス兵士トミー(フィオン・ホワイトヘッド)が、逃げ惑っている。トミーは、なんとか浜辺まで逃げてくるが、そこには何十万人もの兵士たちがいる。浜辺には、負傷した兵士がたくさんいる。もちろん、死んだ兵士たちも。

 トミーは、ギブソン(アナイリン・バーナード)という若い兵士に出会う。浜辺のあちこちには、多くの負傷兵が倒れている。ここから逃げ延びる唯一の方法は、負傷兵を担架にのせて、防波堤の先端に待機している病院船に運ぶしかない。トミーとギブソンは、負傷兵を運ぶふりをして病院船に乗り込むが、バレてしまい、船から追い出されてしまう。

 ドイツ兵からの攻撃が続いている。トミーとギブソンは、防波堤に身を潜め、次の病院船の到着を待つことにする。トミーとギブソンが乗ろうとした船は攻撃にあう。トミーたちは、アレックス(ハリー・スタイルズ)を救助する。

 海軍のボルトン中佐(ケネス・ブラナー)、陸軍のウィナント陸軍大佐(ジェームズ・ダーシー)の任務は、防波堤にいる兵士たちを船に乗せ、救出すること。救出された兵士たちは、船で紅茶とジャムの塗ったパンを食べる。

 浜辺では、イギリス海軍の艦船だけでなく、民間の船も、兵士の救出に向かうことになる。ドーソン(マーク・ライランス)もそのひとりで、息子のピーター(トム・グリーン=カーニー)とともに、ダンケルクに向かう。

 トミーたちを乗せた船が出発するが、魚雷が命中、船が沈没しそうになる。

 イギリス空軍の誇る戦闘機スピットファイア3機が、ドイツの戦闘機メッサーシュミットと出会う。リーダーの操縦するスピットファイアが撃墜される。リーダーになりかわってファリア(トム・ハーディー)が、ドイツ機と空中戦を展開する。すでに味方が一機だけとなったファリアは、燃料があとわずかと知る。

 海では、ドーソンの船が、海に逃れた兵士たちを救出する。防波堤では、ドイツ軍の戦闘機が爆撃を続けている。空では、激しい空中戦が続いている。

 はたして、どれだけの兵士たちが、生き残ることになるのだろうか。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ダンケルク」
© 2017 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. ALL RIGHTS RESERVED.

2017年9月9日(土)、ほか全国ロードショー
公式サイト

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