オン・ザ・ミルキー・ロード 【今週末見るべき映画】

2017年 9月 14日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 痛快。爽快。見ていて、楽しいこと、この上ない。だが、決して軽くは、ない。

 エミール・クストリッツァ監督の新作「オン・ザ・ミルキー・ロード」(ファントム・フィルム配給)は、監督が撮りたい映画を、撮りたいように撮った、作家冥利に尽きる映画だろう。


 架空の国同士が戦闘中である。戦闘状態の兵士たちを尻目に、傘をさしてロバにまたがり、ミルクを運ぶコスタという男がいる。肩にはハヤブサを乗せ、大の動物好きのコスタは、村の英雄の嫁になるために現れたグラマラスな花嫁と、恋仲になる。戦闘中の村は、やっと休戦となるが、花嫁の過去のある出来事から、花嫁を追うイギリスの特殊部隊の兵士たちが村を襲う。コスタと花嫁の恋の道行きが始まる。

 コスタ役は監督自身が扮する。脚本を書き、製作にも名を連ねるエミール・クストリッツァは、もはや一流の役者だ。花嫁役はモニカ・ベルッチ。まぶしいほどのグラマラスな肢体だ。


 30歳になったころに撮った「パパは出張中!」から数えて30年余、クストリッツァ監督はすでに還暦を過ぎている。そこに、モニカ・ベルッチという美女を迎えての恋の逃避行。ともに水中に潜るのも微笑ましく、監督が大奮闘するのも、当然だろう。


 クストリッツァ監督作品は、基本的にはコメディだが、反戦、反権力を、ブラックなユーモアと風刺に包みこむ。なにより、過酷な現実に生きる弱者を、あたたかく優しいまなざしで見つめる。傑作の「アンダーグラウンド」、「黒猫・白猫」、「ライフ・イズ・ミラクル」などを見れば、明白だろう。


 音楽が、秀逸。哀愁に満ちたバルカン音楽が、ロックサウンドとミックスされる。にぎやかさに苦い味付けが、たまらなく、いい。音楽を担当したのは、クストリッツァ監督の息子で、俳優でもあるストリボール・クストリッツァ。監督自身も、ツィンバロムを弾き叩き、ほんとうに楽しそう。

 クストリッツァ監督の定番ともいえる動物たちがズラリ。本作でも、ハヤブサ、ブタ、ヒツジ、ガチョウ、ヘビ、クマ、イヌが、タイミングよく登場する。まるで放し飼いの動物園のよう。これまた、楽しさがひとしお。


 人の世は、さらに緊張、紛争、内乱が絶えない。愚かな人間の仕業だろう。人を愛し、動物を愛する。クストリッツァ監督の決意は、許し、寛容を死語にさせない。女性が、愚かな男性を導き育てるために、母乳が、あまねく行き渡らなければならない時代を、クストリッツァ監督は「ミルキー・ロード」とたとえたかのよう。

 一見、軽薄。しかし、しっかりとメッセージがある。才気煥発。クストリッツァ監督、渾身の一作。やはり、エミール・クストリッツァは、すごい監督だ。

●Story(あらすじ)

 とある国で、いつ終わるか分からない戦闘が続いている。ガチョウが逃げ回る。そんななかを、コスタ(エミール・クストリッツァ)という、あまり風采のあがらない男が、激しい戦闘に目もくれず、飄々としてロバに乗せたミルクを運んでいる。

 コスタの肩にはハヤブサ、傘をさしてロバに乗る。なぜか、飛び交う銃弾は、コスタに当たらない。戦闘さなかとはいえ、村の人たちは、のんびりと暮らしているようである。

 美女のミレナ(スロボダ・ミチャロヴィッチ)は、ミルク売りの元締めの母親と、大きな古い時計のある家に住んでいる。大きな時計は、ときおり、狂ったように人を歯車に巻き込む。村の男たちは、ミレナにぞっこん。みんなは、ミレナの店で、ミルクを注文する。

 コスタは、ミレナの店で配達係を務めている。どうやら、ミレナは、コスタに気があるらしく、コスタとの将来を、勝手に思い描いている。戦争が終われば、兵士である兄のジャガ(プレドラグ・”ミキ”・マイノロヴィッチ)が戻ってくる。ジャガは、近いうちに家にやってくる花嫁と結婚することになっている。ミレナは、ジャガが結婚する時、自分もまた、コスタと結婚する夢を思い描いている。

 そんなミレナに、コスタは素っ気ない。コスタには、暗い過去があるらしく、ミレナの思わせぶりな態度にも無関心だ。

 いよいよ、花嫁(モニカ・ベルッチ)がやってくる。これがとびきりの美女で、ローマからセルビア人の父親を探しにきて、戦争に巻き込まれたらしい。コスタと花嫁の目があう。同じような暗い過去のある者同士、牽かれあうのに時間はかからない。

 激しかった戦闘がやむ。休戦協定が結ばれたようだ。村の人たちは、大騒ぎ。酒を呑み、唄い、踊る。乗りに乗ったミレナは、おおはしゃぎ。コスタもまた、バンドの仲間にまじってツィンバロムを弾き叩く。

 やがて、戦争が終わったのか、ジャガが帰還してくる。雇われの身であるコスタの気持ちとは関係なく、二つの結婚式の準備が進んでいく。

 ところが、そこに、かつて一方的に花嫁を愛したイギリス軍の将校が、兵士たちを引き連れて、村にやってくる。もちろん、力づくで花嫁を奪うために。兵士たちは、村の人たちに、すさまじい攻撃を始める。

 村の人たちは、どうなるのか。また、ミレナたちや、コスタと花嫁は、無事、生き延びることができるのだろうか。(文・二井康雄)


<作品情報>
「オン・ザ・ミルキー・ロード」
(C)2016 LOVE AND WAR LLC

2017年9月15日(金)、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
公式サイト

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