ソフィア・コッポラの椿姫 【今週末見るべき映画】

2017年 10月 5日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 ここ数年、本場のオペラやバレエ、ミュージカル、歌舞伎を、映画館でライブ上映する試みが増えている。入場料金は、ふだんの映画より高いが、実物の舞台を見るよりは、はるかに安い。しかも、映画だから、登場人物の表情や、身振り手振りがアップになり、なかなかの迫力である。


 2016年5月、ローマ歌劇場で、映画監督ソフィア・コッポラの演出したヴェルディのオペラ「椿姫」が上演され、それが映画になった。「ソフィア・コッポラの椿姫」(東北新社配給)だ。

 ヒロイン、ヴィオレッタの衣装をヴァレンティノ・ガラヴァーニが担当、ヴァレンティノが、演出をソフィア・コッポラにオファーした。ヴィオレッタ以外の衣装は、ディオールのディレクター、マリア・グラツィア・キウリと、ピエールパオロ・ピッチョーリが担当する。

 指揮は、ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団のヤデル・ビニャニーニ。ヴィオレッタ役は、何度も演じているソプラノのフランチェスカ・ドット、アルフレード役は、バリトンのアントニオ・ポーリ。アントニオ・ポーリは、この11月、新国立劇場オペラで、同じ「椿姫」のアルフレードを演じることになっている。

 ソフィア・コッポラの演出は、格段に奇をてらわず、正攻法。ヴィオレッタ、アルフレードの心理描写に重点を置き、じっくりと悲劇を見せてくれる。もちろん、ヴィオレッタの華麗な衣装は見ものである。


 「椿姫」の原作は、アレクサンドル・デュマ・フィスの小説「椿の花の貴婦人」。この舞台化をパリで見たヴェルディが感動、すぐさま書き上げたオペラである。オペラ化の際、ヴェルディは、タイトルを「ラ・トラヴィアータ」(道を踏み外した女、といったほどの意味)と改題。ヴェルディの意に叶わず、初演は大失敗。しかし、人間の心理描写に優れたオペラ「椿姫」は、やがて大ヒットし、いまでは、オペラの代名詞ですらある。

 30数年ほど前、フランコ・ゼフィレッリ監督の映画「トラヴィアータ/1985・椿姫」が公開された。ゼフィレッリは、もちろんオペラの舞台を演出しているが、これは、映画として撮影したもの。ヴィオレッタには美貌のソプラノ、テレサ・ストラータスが扮し、アルフレード役は、テノールのプラシド・ドミンゴだ。そのほか、当時のオペラの大スターたちが結集した、すばらしい映画だった。

 もう一本、2013年、ヴェルディの生誕200年にあたる年に、「椿姫ができるまで」というドキュメンタリー映画があった。これは、当代きってのソプラノ歌手、ナタリー・デセイが出演、2011年のエクサン・プロヴァンス音楽祭で、「椿姫」が上演されるまでの過程を追ったドキュメンタリーだった。全編に出てくるヴィオレッタの有名なセリフ「不思議だわ……」の解釈や、ヴィオレッタが倒れるシーンの解釈などなど、ナタリー・デセイの個性が、あますところなく表現されていた。

 ところで、映画監督がオペラを演出するのは、古今東西、あまたあることだ。思いつくまま列挙する。セルゲイ・エイゼンシュテイン、ルキノ・ヴィスコンティ、ジョセフ・ロージー、ジョン・ヒューストン、ジョゼフ・L・マンキーウィッツ、イングマル・ベルイマン、フランコ・ゼフィレッリ、ロバート・アルトマン、マウロ・ボロニーニ、ジョン・シュレシンジャー、勅使河原宏、ハーバート・ロス、ケン・ラッセル、リナ・ウェルトミューラー、エルマンノ・オルミ、アンドレイ・タルコフスキー、リリアーナ・カヴァーニ、吉田喜重、ロマン・ポランスキー、実相寺昭雄、アンドレイ・ゴンチャロフスキー、フォルカー・シュレンドルフ、ウィリアム・フリードキン、マルコ・ヴェロッキオ、ブルース・ベレスフォード、ダニエル・シュミット、ピーター・グリーナウェイ、ヴェルナー・ヘルツォーク、パトリス・シェロー、コリーヌ・セロー、チャン・イーモウ、アンソニー・ミンゲラ、アトム・エゴヤン、バズ・ラーマン、ウディ・アレン……。枚挙にいとまがない。

 いずれもすぐれた映画監督ばかり。それほど、すぐれた映画監督たちは、オペラの演出に乗り出すようだ。もちろん、ソフィア・コッポラの父、フランシス・フォード・コッポラも、ゴットフリート・フォン・アイネムのオペラ「老女の訪問」を演出している。しかも、映画「ゴッドファーザーPARTⅢ」では、凄惨なシーンの間をぬうように、マスカーニの「カヴァレリア・ルスティカーナ」の上演シーンが使われている。


 「椿姫」は、あまたあるオペラのなかでも、美しいメロディが、いちばん多く唄われるのではないかと思っている。第1幕で唄われる「乾杯の歌」は、世界的に有名だし、「ああそは彼の人か」、「花から花へ」もまた、劇的に美しいメロディだ。第2幕では、アルフレードの唄う「燃える心を」や、アルフレードの父親ジェルモンが、息子を慰め、なだめるように唄う「プロヴァンスの海と土地」が、うっとりするほどの美しい旋律だ。

 白眉は、第3幕でヴィオレッタの唄う「さようなら、過ぎ去った日々よ」だろう。たくさんのオペラのアリアでも、これほどの美しさを備えたメロディはないのでは、と思えるほど。


 ソフィア・コッポラは、オペラの「椿姫」を演出することで、名実ともに、すぐれた映画監督の仲間入りをしたのではないか。今後、ルキノ・ヴィスコンティや、フランコ・ゼフィレッリ、マウロ・ボロニーニといったオペラ演出の多い監督に負けないよう、さらにオペラの名作を演出し、その舞台ライブを、映画で見せて欲しいものだ。

●Story(あらすじ)
 第1幕。19世紀なかばのパリ。社交界で「椿姫」といわれる美しい娼婦ヴィオレッタ(フランチェスカ・ドット)は、毎晩のように、華やかなパーティの日々をおくっている。

 その日は、胸を患っているヴィオレッタの自宅で、快復を祝うパーティが開催されていて、次々と、来客が現れる。ヴィオレッタは、見知らぬ青年アルフレード(アントニオ・ポーリ)を紹介される。ヴィオレッタに一目惚れしたアルフレードは、酒と歌を勧められ、「乾杯の歌」を唄う。ヴィオレッタも唄い、一同、大合唱となる。

 お祝いのパーティなのに、ヴィオレッタの体調はよくない。来客の帰った後、ヴィオレッタは、いままでに感じたことのないときめきを覚え、「ああ、そは彼の人か」を唄う。しかし、ヴィオレッタは娼婦の身、今までの人生でよしとして、「花から花へ」を唄う。そこに、遠くから、アルフレードの歌声が聞こえてくる。ヴィオレッタは、今までの人生を見直す決心をする。

 第2幕。パリでの派手な生活を捨てたヴィオレッタは、アルフレードとの田舎での生活を始める。「燃える心を」を唄うアルフレード。生活費は、ヴィオレッタが工面している。それを知ったアルフレードは、不名誉を恥じ、金策のために出ていく。

 そこに、アルフレードの父、ジェルモン(ロベルト・フロンターリ)が現れる。ジェルモンは、息子と別れてくれ、娘の縁談にも差し支えると、ヴィオレッタに迫る。泣く泣く、アルフレードとの別れを受け入れたヴィオレッタは、アルフレード宛に手紙を書く。そこにアルフレードが戻ってくる。ヴィオレッタは、アルフレードにすがって、「私を愛して、アルフレード」を唄い、飛び出していく。ヴィオレッタが去った後、手紙を読んだアルフレードは、父に詰め寄る。父は息子を慰め、説得し、「プロヴァンスの海と土地」を唄うが、アルフレードは、ヴィオレッタを追って、飛び出していく。

 パリの社交界。思わぬ形で、ヴィオレッタとアルフレードが再会を果たすが、これが、ふたりを巻きこんだ決闘事件に発展する。

 第3幕。ヴィオレッタは、楽しかった愛の日々、過ぎ去った昔を思いだしながら、「さようなら、過ぎ去った日々よ」を唄うのだが。

<作品情報>
「ソフィア・コッポラの椿姫」
Photo©Yasuko Kageyama

2017年10月6日(金)、TOHOシネマズ日本橋ほか全国ロードショー
公式サイト

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