愛を綴る女 【今週末見るべき映画】

2017年 10月 6日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 今年のフランス映画祭で上映された「愛を綴る女」(アルバトロス・フィルム配給)を見た友人が、「女優マリオン・コティヤールの、これまでの演技の総決算のようだ」と評した。遅れたが、やっと見ることができた。


 原作がある。イタリアの作家、ミレーネ・アグスの小説「祖母の手帖」を、監督のニコール・ガルシアと、脚色のジャック・フェスキが、舞台を1950年代の南フランス、プロヴァンス地方に移しかえる。

 マリオン・コティヤール扮する、若くて美しいガブリエルは、一方的に教師に思いを寄せるが、拒否される。両親は、実直なスペイン人の労働者ジョゼをガブリエルの夫に選ぶ。ガブリエルは、結婚を承諾するが、ジョゼとの夫婦生活を、きっぱりと拒否する。娼婦を買おうとするジョゼを見て、ガブリエルは娼婦のふりをして、かろうじて夫婦の営みが続く。


 やがてガブリエルは流産、原因は腎臓結石と分かる。ガブリエルはジョゼの勧めもあって、アルプスの麓の療養所で温泉治療を受けることになる。そこで、ガブリエルは、インドシナ戦争で負傷したアンドレ・ソヴァージュという帰還兵と出会う。

 ガブリエルは、教師から、エミリー・ブロンテの「嵐が丘」を借りる。また、ソヴァージュからは、フランスの哲学者、エミール=オーギュスト・シャルティエことアランの「幸福論」を借りる。「幸福論」には、ソヴァージュの蔵書サインがあり、「リヨン、コミーヌ通り」と住所が書いてある。


 自らに忠実で、信じた愛を希求し続けるガブリエルの、自由で奔放な生き方には、さまざまな評価があるかもしれない。人は、理性のみで生きているわけではない。時には、情熱にかられ、衝動的になることさえある。

 「嵐が丘」を読んだガブリエルは、後に「幸福論」を読む。「幸福論」にこうある。「幸福になろうと思わなければ、絶対に幸福にならない」。まるで、エミリー・ブロンテの「嵐が丘」で描かれた愛の葛藤、激しさを、アランの「幸福論」で検証したような映画と思えてくる。


 友人が評したように、マリオン・コティヤールが圧倒的な存在感を示す。仕草のひとつひとつが、官能的で雄弁。横たわる姿態、娼婦を真似た下着姿、川のなかで濡れたスカートをまくり上げる、などなど。マリオン・コティヤールは、原初の人間の姿、形を、ごく自然に表現する。マリオン・コティヤールの出た映画で公開された作品は、「TAXi」以来、「エディット・ピアフ 愛の賛歌」、「サンドラの週末」、「たかが世界の終わり」など、すべて見ているが、もとは舞台女優である。短いセリフ、ちょっとしたしぐさが、多くを暗示する。巧いものだなあと思う。


 ふたりの男優もまた、芸達者。無口、無骨のスペイン人労働者ジョゼに扮したアレックス・ブレンデミュールもまた、舞台の出身。最近では、「ローマ法王になる日まで」に出ていた。

 インドシナ戦争で腎臓をひとつなくした帰還兵アンドレ・ソヴァージュを演じたのは、ルイ・ガレル。祖父は俳優のモーリス・ガレル、父は映画監督のフィリップ・ガレル、母は女優のブリジット・シィと、一級の血統だ。教養豊かな将校で、奔放なガブリエルを見守り続けるという難しい役どころも、過不足なくこなす。

 プロヴァンス、地中海、フレンチ・アルプス、リヨンと、風景は変わるが、色、構図ともども、ことごとく美しい映像が連続する。撮影は、クリストフ・ボーカルヌで、「PARIS」で見せた腕前に驚いたことがある。


 ガブリエルとソヴァージュの思い出のひとつで、ガブリエルの息子にまで受け継がれる音楽は、チャイコフスキーの「四季」のなかの「6月」になる「舟歌」である。アレクセイ・ブレンチェーエフの詩を参考に書かれた、もの悲しいメロディだ。ほかにも、シューベルトのピアノ三重奏曲第2番、モーツァルトのピアノ・ソナタ第15番、ムソルグスキーの「涙」など、ピアノの名曲が添えられる。

 ドラマ、風景、音楽。いずれもほどがいい。そして、ガブリエル、ジョゼ、ソヴァージュのそれぞれの「愛」が、17年もの時空を超えて、語られる。結末に見る「愛」の深さ、意味が、じっくりと伝わってくる。

●Story(あらすじ)

 タクシーに乗った親子3人が、プロヴァンスのラ・シオタからリヨンに向かっている。息子はリヨンで開催されるピアノのコンクールに参加しようとしている。車はリヨンの町に入る。車窓から妻は、通りの名を見る。コミーヌ通り、とある。「先に行って」と、妻は車から降りて、通りに向かって駆け出す。

 1950年代。南フランスのプロヴァンス地方の田舎町バルジュモン。両親と妹と暮らすガブリエル(マリオン・コティヤール)は、若くて美人である。いささか風変わりで、直情的なところがあるガブリエルは、エミリー・ブロンテの「嵐が丘」を貸してくれた教師に、一方的な思いを手紙に認める。「正気じゃない」という教師に、「それが私よ」とガブリエル。

 ガブリエルを案じる両親は、ヒステリックで、ときおり腹痛を起こすガブリエルを気遣い、早く結婚させようと考える。たまたま、ラヴェンダー摘みで働いているスペインからの労働者ジョゼが、両親の目にとまる。ジョゼは無口だが、大工仕事が達者で、まじめな働き者である。両親は、ジョゼがガブリエルの様子をじっと見ていることを知っていての決断である。

 「俺にはなにもない」とためらうジョゼに、母親は「手に職がある」と言う。このままだと、ガブリエルは精神病院に入ることになりかねない。ガブリエルは、しぶしぶながら、ジョゼと結婚することになる。

 ガブリエルはジョゼに宣言する。「愛していないし、これからも愛さない」と。ジョゼも言う。「俺も愛していない」と。形だけの夫婦生活が始まる。

 ふたりは、小さな工務店を営み、ジョゼの働きぶりで、そこそこの仕事が舞い込んでくる。ある夜、ジョゼが娼婦を買いに行くことを悟ったガブリエルは、娼婦の出で立ちで、ジョゼを誘う。ジョゼは、初めてガブリエルに触れる。

 ある日、新居を建設中の海辺の町ラ・シオタに出かけたガブリエルは、いつもの発作に襲われる。流産である。医師の診断で、流産の原因は、腎臓結石だと分かる。ジョゼの勧めもあって、ガブリエルはアルプスの療養所で、6週間の治療を受けることになる。

 アルプスの療養所で、ガブリエルは、アンドレ・ソヴァージュという青年と出会う。ソヴァージュは、インドシナ戦争で負傷し、腎臓をひとつ無くしていて、その治療のために療養所にやってきた。ガブリエルはすぐに、端正で知的、「ぼくは戦争以外の人生を知らない」と言うソヴァージュと親密になっていく。ガブリエルは、ソヴァージュから、アランの「幸福論」を借りる。表紙の裏に、ソヴァージュの住所が書いてある。リヨン、コミーヌ通り、と。指でなぞり、住所にキスするガブリエル。

 療養所にジョゼが訪ねてくる。素っ気ないガブリエルに、ジョゼの表情は暗い。

 ある夜、ソヴァージュが苦しみだす。急遽、ソヴァージュは、療養所から運び出され、人工透析を受けることになる。あとを追うガブリエルもまた倒れて、昏睡状態となる。

 意識を回復したガブリエルの側に、人工透析を受けて戻ったソヴァージュがいる。ソヴァージュは、ガブリエルが人妻であることを承知している。ためらうソヴァージュに、ガブリエルが迫る。

 やがて、ガブリエルの治療が終わる。ガブリエルは、人生の岐路にたつ。夫ジョゼとこのままの生活を続けるのか、あるいは、ソヴァージュとの駆け落ちを選ぶのか。「私はどうすればいいの?」。ガブリエルは、決断を迫られる。ガブリエルの選んだ人生とは。(文・二井康雄)


<作品情報>
「愛を綴る女」
© (2016) Les Productions du Trésor - Studiocanal - France 3 Cinéma - Lunanime - Pauline's Angel - My Unity Production


2017年10月7日(土)、新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー
公式サイト

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