ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ 【今週末見るべき映画】

2017年 10月 13日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 5年ほど前に、「ル・コルビュジエの家」という映画を見た。タイトルからして、20世紀を代表する世界的に有名な建築家ル・コルビュジエのドキュメンタリーかと思ったが、さにあらず。れっきとした劇映画だった。鼻持ちならぬ俗物の工業デザイナーが、モダンな邸宅(実際にル・コルビュジエが設計した邸宅)に住んでいる。隣人が、窓を設けようと、壁に四角い大きな穴をあける。俗物と隣人とのやりとりが、サスペンスタッチで盛り上がっていくという、傑作だった。


 このほど、「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」(トランスフォーマー配給)が公開となる。当初、建築家のル・コルビュジエと、高名な家具デザイナーで建築家でもあるアイリーン・グレイをめぐってのドキュメンタリーと思ったが、これまた、劇映画である。ル・コルビュジエとアイリーン・グレイ。ふたりの建築や家具の作品群は、つとに有名である。

 椅子などのデザインで、すでに名声を得ていたアイリーンは、まだ無名の建築家だったル・コルビュジエより、10歳ほど年長である。このふたりに、はたしてどのようなドラマが存在したのか。興味は尽きない。


 原題は「欲望の値段」。映画の冒頭、イヴ・サンローランとピエール・ベルジェのコレクションから、アイリーンの設計した有名な椅子が出品される。どんどん、値段がせり上がっていく。びっくりするような高額になる。落札した女性がインタビューに答える。「欲望の値段よ」と。

 基本的には、サリエリがモーツァルトを称賛し、嫉妬したように、アイリーンの才能を称賛し、嫉妬したル・コルビュジエのドラマである。それが、アイリーンの晩年から、過去を振り返るといったドラマ仕立てになっている。


 回想から始まる豊富なエピソードが、再現ドラマふうに、次々と紹介される。やがて、ル・コルビュジエとアイリーンが、どのような性格の人物だったかが、分かるようになる。

 ル・コルビュジエは、建築史に残るほどの多くの建築作品がある。日本では、国立西洋美術館がル・コルビュジエの作品。また、世界的に有名な建築家の丹下健三は、ル・コルビュジエの影響で建築家を志し、坂倉準三は、ル・コルビュジエの高弟である。


 これほどの建築家のル・コルビュジエが、映画では、どこか腕白で、どこにでもいる「おっさん」然、まことに人間臭く描かれている。演じたヴァンサン・ベレーズは、「インドシナ」や「王妃マルゴ」などでおなじみの俳優、監督。監督した最近作は、「ヒトラーへの285枚の葉書」。

 また、アイリーン役のオーラ・ブラディは、アイリーンと同じアイルランド生まれ。アイルランドでは著名な女優で、勝ち気なアイリーン役を、若いころから老後までを力演。若いころのアイリーンの横顔を、とても美しく見せてくれる。


 また、レズビアンでもあったアイリーンの恋人役で、「暗い日曜日」で有名なシャンソン歌手のダミアに、歌手のアラニス・モリセットが扮している。劇中で唄われるのは国歌「ラ・マルセイエーズ」の一節で、「武器を取れ 市民たちよ 隊列を組め 進もう 進もう 汚れた敵の血が 我らの田畑を満たすまで」。

 監督、脚本は、北アイルランド生まれのメアリー・マクガキアン。演出は、女性らしく繊細なたたずまい。ル・コルビュジエとアイリーンの特殊な関係を、スキャンダルっぽくは描かず、好感が持てる。日本未公開だが、「トラブル・イン・カンヌ」をレンタルで見たことがある。女流監督が、調子のいいプロデューサーと、「プラス・ワン」(おまけ、というほどの意味)という映画を撮ろうとするコメディで、これがなかなかの出来。

 「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」は、フランス語、英語で語られるベルギー、アイルランドの映画。「物の価値は、創造に込められた愛の深さで決まる」と言うアイリーン。ル・コルビュジエは、「住宅とは、住むための機械である」と言う。改めて、ル・コルビュジエとアイリーン・グレイの作品に触れてみたくなる。

●Story(あらすじ)

 アイルランド生まれで、アイリーン・グレイの設計した椅子が、オークションにかけられる。2009年に実際にあったオークションで、もとはイヴ・サンローランとピエール・ベルジェのコレクションである。なんと、日本円で、約28億円。

 1920年代。建築事務所を開設したころのル・コルビュジエ(ヴァンサン・ベレーズ)は、10歳ほど年上の家具デザイナー、アイリーン・グレイ(オーラ・ブラディ)と出会う。

 まだ駆け出しのル・コルビュジエは、すでに名声を得ていたアイリーンの才能に牽かれ、賛辞を送るほどであった。

 そのころ、アイリーンは、建築評論家のジャン・バドヴィッチ(フランチェスコ・シャンナ)から、建築の教えを受ける。やがて、恋仲になるアイリーンとジャンは、風光明媚な南フランスのカップ・マルタンに、アイリーンの処女作となる海辺のヴィラを完成させる。備え付けられた家具もすべて、アイリーンのデザインである。

 「E.1027」と名付けられたヴィラは、ル・コルビュジエの提唱する「新しい建築の5つの要点」(ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面)を備えた傑作だった。ちなみに、ピロティとは、2階以上の建物で、1階は駐車場などにして、柱のみの空間を設けた建物のこと。ル・コルビュジエが嫉妬するのも当然な、まさに完璧ともいえる建築であった。

 アイリーンの天賦の才能を知るル・コルビュジエは、アイリーンの輝くばかりのデザインや仕事に対して、当初の称賛や羨望から、やがて嫉妬らしき感情が芽生えてくる。

 1937年。ル・コルビュジエは、パリの万国博覧会にパビリオン「新時代館」を展示する。ル・コルビュジエは、アイリーンに協力を要請するが、さほどの注目を浴びることはなかった。

 翌1938年。ル・コルビュジエは、「E.1027」に滞在している。ル・コルビュジエは、邸内の壁に、デフォルメされた豊満な女の裸体をフレスコ画で描く。もちろん、アイリーンへの断りもなく。アイリーンは激怒する。「野蛮な行為だ」と。

 第二次世界大戦が終わる。アイリーンは、視力が衰え、やがて引退同然となる。コロンビアやインドなどで業績を上げたル・コルビュジエの名声は、高くなっていく。

 1952年。ル・コルビュジエは、荒れ果てていく「E.1027」の近くに、妻のイヴォンヌのために、8畳ほどの小屋「キャバノン」を建てる。

 時代は確実に変化している。やがて、「E.1027」が、オークションにかけられる。ギリシャの海運王のオナシスら、世界じゅうから裕福な人たちが集まるが、「E.1027」に、いちばんの愛情を注いでいたのが、ル・コルビュジエその人だった。

 アイリーンが心血を注いで設計した完璧なヴィラ、「E.1027」は、いったい、どうなっていくのか。(文・二井康雄)


<作品情報>
「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」
(C)2014 EG Film Productions / Saga Film
(C)Julian Lennon 2014. All rights reserved.

2017年10月14日(土)、Bunkamuraル・シネマほか全国ロードショー
公式サイト

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