婚約者の友人 【今週末見るべき映画】

2017年 10月 20日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 エルンスト・ルビッチ監督の「私の殺した男」という映画があった。もとは、戯曲「シラノ・ド・ベルジュラック」を書いた劇作家、詩人のエドモン・ロスタンの息子、モーリス・ロスタンの戯曲「私の殺した男」である。モーリス・ロスタンを有名にしたのは、大女優サラ・ベルナールの最後の舞台のために書いた「栄光」だが、ルビッチは、「私の殺した男」を映画化した。

 第一次世界大戦の直後、フランスから、男が、ある告白をするためにドイツにやってくる。戦争をめぐって、敵対したフランス人とドイツ人との国民性、価値観の相違がくっきり。ルビッチにしては、シリアスなドラマだが、そこそこにルビッチ独特の、ズレによるユーモア、笑いが散見、よく出来た映画だった。


 ここから着想を得たのが、フランソワ・オゾン監督の「婚約者の友人」(ロングライド配給)だ。原作の戯曲やルビッチの映画では、男はフランスに帰ってしまったままだが、「婚約者の友人」では、ヒロインが男を訪ねて、パリまで出かけていく。これは、フランソワ・オゾン監督が付け加えたオリジナルになる。


 第一次世界大戦が終わった直後のドイツ。アンナは、戦死した婚約者のフランツを、忘れないでいようとしている。そこに、かつて、パリに留学していたフランツと知り合いだったというアドリアンが、ドイツにやってくる。フランツの両親とアンナは、フランツの墓に詣でるアドリアンに、感謝の念を抱くが、やがて、アンナはアドリアンから、驚くべき告白を受けることになる。しかもなお、いくつかの謎を残したまま、アドリアンはフランスに戻ってしまう。そして、その謎を解くべく、アンナはパリに向かう。

 映画には、いくつかの「嘘」が登場する。嘘も方便と言うが、世間には、嘘をついた方が、物事がうまく納まることがある。アドリアンの、アンナやフランツの両親への嘘。身寄りのないアンナが、同居しているフランツの両親への嘘。常に、背後に戦争の影がつきまとう。物事がよかれと思う故の嘘だけに、哀しみがつきまとう。


 アドリアンは、フランツといっしょに、ルーブル美術館で、フランツの好きだったマネの「自殺」という絵を見たと、アンナに話す。アドリアンにも、アンナにも、どこか、死のイメージがつきまとう。パリ管弦楽団でヴァイオリンを弾いているというアドリアンが、招かれたフランツの両親の家で、ショパンのノクターン第20番を弾く。ピアノの弾けるアンナが、伴奏する。これは、「遺作」と呼ばれるノクターンだ。


 映画は、ミステリータッチ。なぜ、アドリアンがフランスからドイツへ来たのか。アドリアンとフランツは、いったい、どういう関係だったのか。アドリアンの告白に、アンナは何を思ったのか。映画を見進めていくうちに、さまざまな真実が立ち現れてくる。ショパンの「遺作」、マネの「自殺」が登場することなどから、思わず、生きること、死ぬこととは何か、つまりは、人生の意味とは何なのか、考えこんでしまう。

 いつの世にも、戦争が愛を引き裂き、若者たちを死に追いやる。ショパンの音楽、マネの絵画が、多くを物語って、切なさがひとしお。

 2001年に撮った「まぼろし」以降、フランソワ・オゾン作品はすべて追いかけている。若くして老獪、いまはもう50歳になろうかと思う。ますます風格が増し、品のある語り口に、さらに魅せられる。

 基本的にモノクロで撮られ、時代背景にマッチさせる。一部のシーンが、カラーになる。どこでカラーになるか。なぜここがカラーなのか。そういった見る楽しみもある。


 アンナを演じたのはパウラ・ベーア。オーディションで選ばれ、ヴェネツィア国際映画祭では、新人俳優に授けられるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞。多くの意味を持たせたひとつひとつのセリフを、思慮深く語る。映画の前半、中ほど、ラストと、その表情が大きく変化するのも見ものだ。


 「イヴ・サンローラン」を大ヒットに導いたピエール・ニネが、繊細で無口なアドリアンを演じる。少ないセリフに、嘘と贖罪意識を絡ませた演技力は、コメディ・フランセーズ仕込みだろう。

 劇中でのピアノを弾いているフィリップ・ロンビの音楽が、控えめで、優しく沁みてくる。フランソワ・オゾン監督とは多くの作品でコンビを組んでいる。引用される音楽も、抜群のセンス。チャイコフスキーの弦楽四重奏曲第1番第2楽章の「アンダンテ・カンタービレ」。リムスキー・コルサコフの「シェラザード」第1楽章から「海」のパート。ドビュッシーの歌曲「星の夜」など。


 ミステリー・タッチのドラマ。映像の美しさ。象徴的な音楽。戦争の影。問われる人生の意味。映画を撮るたびに、風格が増すようなフランソワ・オゾン作品。まことに映画の魅力に満ちている。本作は、フランスで大ヒットしたようだ。日本でも、大ヒットして欲しいのだが。

●Story(あらすじ)
 1919年、ドイツのクヴェードリンブルク。戦争のため、婚約者のフランツを亡くしたアンナ(パウラ・ベーア)は、毎朝、フランツの墓に行く。ある朝、フランツの墓に、誰が供えたのか、バラの花がある。

 身寄りのないアンナは、フランツの父で、診療所を開いているハンス(エルンスト・ストッツナー)と、母のマグダ(マリエ・グルーバー)と暮らしている。アンナは、フランツへの想いを、忘れていない。知り合いの中年男のクロイツ(ヨハン・フォン・ビューロー)が、アンナにプロポーズするが、「フランツを忘れたくない」と断る。

 花が供えてあった翌朝、アンナは、墓の前で泣いている男と出会う。男は、診療所を訪れ、ハンスにアドリアン(ピエール・ニネ)と名乗る。フランス人と知ったハンスは、フランス人はみんな、息子を殺した犯人と思っている。ハンスは、診察を拒否し、話があるというアドリアンを追い出してしまう。

 戦争が始まる前、フランツはパリに留学していた。マグダは、アンナに、「フランツは、パリでアドリアンと知り合いだったのではないか」と言う。アンナは、ホテルに出向き、アドリアンが宿泊していることを確かめ、フロントに手紙を託す。

 アドリアンが訪ねてくる。マグダとアンナは歓迎する。アドリアンは、フランツと同じ24歳で、フランツとはパリで知り合ったという。また、ルーブル美術館では、フランツといっしょに、マネの「自殺」に見入ったとも。

 翌朝、アンナとアドリアンは、フランツの墓に向かう。「あなたのことは何も聞いていない」というアンナに、ほとんど答えないアドリアン。

 ハンス夫妻は、アドリアンを自宅に招く。パリ管弦楽団でヴァイオリンを弾いているというアドリアンに、フランツが習っていたヴァイオリンを持ち出し、何か弾いてくれないかと頼む。アドリアンは、弾いている途中で、倒れてしまう。

 やがて、アドリアンは、ハンス夫妻とアンナとの関係を深めていく。アドリアンとアンナは、舞踏会に行く。居並ぶドイツ人たちにとっては、フランス人は敵である。アンナは、憎しみの視線を感じるが、いまは、婚約者の友人、アドリアンに、新たな感情が生まれようとしている。

 ある夜、アドリアンは、夕食の約束を破ってしまう。あわてたアンナは、アドリアンの滞在しているホテルに向かうが、不在である。アンナは、フランツの墓に向かう。アドリアンは、アンナが来るのを待ち受けていたかのように、アンナに、ある告白を始める。

 アンナに、さらに詳しい話をしないまま、アドリアンは、パリに戻る。そして、アンナに、アドリアンからの手紙が届くのだが……。(文・二井康雄)

<作品情報>
「婚約者の友人」
(C)2015 MANDARIN PRODUCTION – X FILME – MARS FILMS – FRANCE 2 CINEMA - FOZ-JEAN- CLAUDE MOIREAU

2017年10月21日(土)、シネスイッチ銀座ほか全国ロードショー
公式サイト

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