ゴッホ~最期の手紙~ 【今週末見るべき映画】

2017年 11月 2日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 フィンセント・ファン・ゴッホ。オランダ生まれの画家だ。生前、その画業は、ほとんど評価されなかったという。「ひまわり」や、一連の肖像画など、画集で見ることの出来るゴッホの絵は、力強く情熱的。日本の浮世絵の影響もうかがえる。渓斎英泉の「花魁」をもとに描いた絵などは、色彩豊か、妖艶にして華麗だ。


 ゴッホとは、どのような画家だったのか。さまざまに形容されている。天才。自ら耳を切り落としたことからか、狂人。女性関係も多く、好色。世界的に有名な画家で、天才、狂人、好色。当然、古くから、映画の題材となっている。古くは、アラン・レネ監督の「ファン・ゴッホ」。カーク・ダグラスがゴッホに扮したヴィンセント・ミネリ監督の「炎の人ゴッホ」。ゴッホ没後100年にあたる1990年には、ロバート・アルトマン監督の「ゴッホ」、モーリス・ピアラ監督の「ファン・ゴッホ」が作られている。


 このほどのゴッホ映画は、「ゴッホ~最期の手紙~」(パルコ配給)で、実写ではなく、アニメーション。ゴッホの友人だった郵便配達人のルーランは、亡くなったゴッホの手紙を、息子のアルマンに託す。アルマンは、終生、ゴッホを支えてきた弟のテオに宛てた手紙を届けるために、パリにいると思われるテオを訪ねていく。そこで、アルマンは、やはりゴッホと馴染みだった画材商のタンギー爺さんから、思いもかけない事実を知らされることになる。

 アニメーションで描かれる風景や人物は、模写とはいえ、かつてゴッホが描いた絵に基づいているから、映画は、まるでゴッホの絵画が動いているようなものである。全編が、ゴッホ作品の模写だから、その作品数がぼう大なことがわかる。プレス資料によれば、62350枚。1秒12コマ。つまり、1秒で12枚のゴッホ作品の模写が使われていることになる。


 ひとりの画家の模写では、完成までに何年間、いや、何十年もかかるだろう。そこで、世界じゅうから、ゴッホの模写作品を募り、125名の画家が選ばれる。かつて、ルーブル美術館、プラド美術館を訪ねた折り、名画の模写をしている現場によく出会う。絵画の修復が目的と思うが、絵画技術の訓練でもあろうかと思う。そういった模写の出来る画家は、世界じゅうにいる。そういった人たちが、シーン、シーンごとに分担し、原画を描く。まったく、気が遠くなるような映画製作だ。

 それだけではない。あらかじめ、プロの俳優を使って、実写映画を撮っている。これに合わせて、模写した画をアニメーションに作りあげていく。よくもまあ、こんなことが出来るのかと、驚くばかり。


 もとの実写映画では、アルマン役に、「ノア 約束の舟」でノアの息子のセム役で出ていたダグラス・ブーツ。ゴッホには、その風貌が似ていることから、ポーランドの舞台俳優、ロベルト・グラチークが抜擢される。ガシェ医師の娘で、ゴッホといっしょにボートに乗ったことのあるマルグリットには、ジョー・ライト監督の「つぐない」や、ウェス・アンダーソン監督の「グランド・ブダペスト・ホテル」に出ていたシアーシャ・ローナン。アニメーションの元になった実写版を見たくなるような、錚々たる顔ぶれではないか。


 映画製作には、いろんな手法があると思うが、これほど手間暇かけた映画作りは、珍しいと思う。脚本、監督は、ポーランド生まれのドロタ・コビエラという女性。日本では初登場と思うが、ヨーロッパのアニメーション分野では、多くの実績がある人だ。

 模写ではあるが、「ゴッホの絵が動く」。実物、画集を問わず、ゴッホの絵を、いくらかでも見たことのある人は、「おっ、この絵だ」と頷くシーンが連続する。

 ゴッホが弟のテオに宛てた手紙を届けようとするアルマンの旅は、ゴッホの人生の真実を知ろうとする旅でもある。その旅を、ゴッホ絵画の模写アニメーションが導く。これはこれで、豊かな美術体験であり、映画体験ではないか。

 ちなみに、ゴッホの描いた「花魁(渓斎英泉による)」などは、来年の1月8日(月)まで、東京都美術館で開かれている「ゴッホ展 巡りゆく日本の夢」で見ることができる。

●Story(あらすじ)

 南フランスのアルル。1891年の夏である。オランダ人の画家、フィンセント・ファン・ゴッホ(ロバート・グラチーク)の友人で、郵便配達人のジョセフ・ルーラン(クリス・オダウト)は、フィンセントから預かった、弟のテオ宛ての手紙を出し忘れていた。すでにゴッホは、1年ほど前に、自殺していた。ジョセフは、パリに住むテオに宛てた手紙を、息子のアルマン(ダグラス・サーク)に託す。

 ゴッホは、自殺する前、自分の耳を切り落としていて、アルルの精神病院に入れられていたこともある。ゴッホのことをよく知っている警察官は、ゴッホが心を病んだのは、画家たちの群れ集う「黄色い家」に、画家のゴーギャンが現れてからだと言う。

 アルマンは、父の言う通り、手紙を届けるべく、テオの住むパリに向かう。テオの消息を知るため、アルマンは、ゴッホの馴染みの画材商のタンギー爺さん(ジョン・セッションズ)を訪ねる。タンギー爺さんによると、なんと、テオは、兄ゴッホの後を追うように、すでに亡くなっていたのだった。

 タンギー爺さんはゴッホとテオの兄弟について、アルマンに語り始める。ゴッホが生まれる前に、死産だった兄がいたこと。両親に愛されていたゴッホとちがって、テオは疎まれていたこと。ゴッホは、当初、画商、牧師を目指すが挫折し、貧乏な兄を、テオが支えたことなどを。

 やがてアルマンは、そもそも、なぜゴッホが自殺したのか、疑問を抱き、死の真相を探ろうとする。ゴッホが最期に過ごしたオーヴェール=シュル=オワーズに住む、ゴッホの主治医ポール・ガシェは、ゴッホの心の病は、すでに完治していると診断している。では、なぜ、ゴッホは、自らの腹部を銃で撃ったのか。

 アルマンは、ガシェ医師を訪ねて、オーヴェール=シュル=オワーズに向かう。ガシェ医師は数日間、留守だという家政婦ルイーズ(ヘレン・マックロリー)は、ゴッホを評して、「邪悪な人だった」と言う。ガシェの戻りを待つことにしたアルマンは、ゴッホが最期の10日間を過ごした宿に逗留する。

 ゴッホについて、宿の娘、アドリーヌ・ラヴー(エレノア・トムリンソン)にも話を聞くアルマン。「几帳面で静かな人だった」と語るアドリーヌ。そして、ゴッホが腹に銃弾を撃った日のことを、アルマンに語り続ける。

 さらにアルマンは、湖畔の貸しボート屋の男(エイダン・ターナー)から、ガシェ医師の娘、マルグリット(シアーシャ・ローナン)が、ゴッホといっしょにボートに乗っていたことを聞き出す。

 アルマンは、ゴッホをめぐって、ほかにもさまざまな事実を知ることになる。そして、アルマンは、やっと現れたガシェ医師(ジェローム・フリン)の言葉を聞くことになる。ガシェ医師は、語り始める。(文・二井康雄)

<作品情報>
「ゴッホ~最期の手紙~」
(C)Loving Vincent Sp. z o.o/ Loving Vincent ltd.

2017年11月3日(祝)、TOHOシネマズ 六本木ヒルズほか全国ロードショー
公式サイト

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