Ryuichi Sakamoto: CODA 【今週末見るべき映画】

2017年 11月 3日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 坂本龍一の名を知ったのは、ほとんど日本の音楽を聴かなくなったころで、イエロー・マジック・オーケストラ(YMO)の音楽を聴いたときである。テクノポップなどという言い方を、初めて知った。ビートルズを始め、外国のいろんなジャンルの音楽がミックスされたような軽快さのなかに、どこか懐かしさのある音楽に思えた。


 それから数年後、大島渚監督の「戦場のメリークリスマス」で、坂本と二度目の出会いとなる。坂本は、音楽を担当するだけでなく、捕虜収容所の所長役で、映画に出ていた。テーマ曲が印象深く、感動的。優れたスコアを書く人だなあと思った。


 さらに、ベルナルド・ベルトルッチ監督の「ラストエンペラー」では、甘粕正彦大尉役で出演し、担当した音楽が、アカデミー賞の作曲賞を受ける。1991年。またもや、ベルナルド・ベルトルッチ監督の「シェルタリング・スカイ」で、哀切きわまりない音楽を作っている。もはや、坂本は、世界的に著名な音楽家になっていた。


 坂本とは、どのような音楽家なのか、そしていま、どこに向かおうとしているのか。その全貌に迫ったドキュメンタリー映画が、このほど開催された第30回東京国際映画祭の特別招待作品として上映された「Ryuichi Sakamoto: CODA」(KADOKAWA配給)だ。監督は、ソフィア・コッポラ監督の「ロスト・イン・トランスレーション」でプロデューサーを務めたスティーブン・ノムラ・シブル。ここ約5年、監督は坂本に密着、インタビューを重ね、映像を撮りつづける。これが、初の劇場版映画の監督作となる。


 タイトルの「CODA」(コーダ)とは、音楽用語で、たいていは主題と異なる独立した終結部分で、楽曲や楽章の終結部を盛り上げる。映画そのものを、国際的に広めようとする意図を込めた、うまいタイトルだ。

 宮城県名取市。坂本は、津波の被害を受けたピアノと出会う。被災したピアノの音に耳を傾け、「ピアノの死体」と坂本は思う。坂本は、被災地を訪ね歩いている。なぜ、音楽家が、被災地を訪ね歩くのかが、徐々に明らかになっていく。


 震災から3年、防護服を着た坂本は、福島第一原発周辺の、帰還困難区域に立ち入る。誰もいない。だが、サウンドスケープ(音の風景)は、存在する。風がそよぎ、葉が揺らぐ。雨が降る。水面が出来れば、水が流れる。どこにも、音がある。

 「見て見ぬふりは出来ない」と、坂本は、首相官邸前の、原発再稼働反対のデモに加わり、スピーチする。
 音楽家は、音楽だけが仕事ではない。音楽を通して、「何か」を表現する以上、社会の、世界の、理不尽さに異をとなえる行動は、当然だろう。


 2014年、坂本は中喉頭ガンを発病、公表する。やっかいなガンと聞いている。約1年の闘病後、「レヴェナント:蘇えりし者」の音楽を担当し、文字通り蘇り、復活する。

 坂本は、単なる音楽家ではない。自然の、どこにでもある音を聞き、その音を取り込み、音楽を作ろうとする。いろんな楽器で、鳥の声や熊蜂の飛ぶ音、雨の降る音、花火の上がる音などに似せて、楽器を奏でることがあるが、坂本は、逆のことを試みる。


 そんな姿勢や思いが、環境問題に向かうのは当然である。2007年、森林保全と植林の必要性を訴える。2008年には、北極圏に出向き、温暖化の現実を見る。氷が溶け、海に崩れ落ちる音もまた、坂本の音楽になっていく。
 現代文明への危機感がある。音楽家だから、ただ音楽を作っていればいいのではない。2001年の「9・11」は、マンハッタンに住む坂本のすぐ近くで起こった。

 映画は、坂本のこれまでとこれからを映しとる。音楽と平和は表裏一体。坂本にとっての音楽は、平和な世界でこそ生まれるもの。怒り、憎しみ、哀しみからも、優れた音楽が出来るが、音楽は、さまざまなきっかけで生まれるものだ。

 坂本は、また、津波に溺れたピアノに接する。「ピアノの死体」は、いま、津波という自然に調律された音を奏でる。この3月、坂本は、アルバム「async」を発表。自然の音が、坂本の音楽に取り込まれていく。

 とつとつとインタビューに答える坂本の言葉と表情は、世界の理不尽に抵抗する哲学者のよう。

 打ち寄せる波、流れ落ちる滝、小川のせせらぎ、降りしきる雨。旧約聖書の創世記の冒頭にこうある。「……神の霊が水の面を動いていた」。水面に神が存在する。空気があれば、水面の音は聞こえてくる。

 坂本の音楽のコーダは、まだまだ響き止まない。(文・二井康雄)

<作品情報>
「Ryuichi Sakamoto: CODA」
(C)2017 SKMTDOC, LLC

2017年11月4日(土)、角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
公式サイト

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