ネルーダ 大いなる愛の逃亡者 【今週末見るべき映画】

2017年 11月 10日 08:00 Category : Art

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雑誌「暮しの手帖」の元副編集長で、映画ジャーナリストの二井康雄さんが、多くの映画の中から「今週末見るべき映画」をレビューします

 1971年、ノーベル文学賞を受けたチリの詩人パブロ・ネルーダは、チリ共産党に所属した政治家でもあった。貧しい人に寄り添う。酒場が好き。もちろん女性も。権力批判がハンパではない。その政治活動は非合法となり、国外脱出を余儀なくされる。「ネルーダ 大いなる愛の逃亡者」(東北新社配給)は、1948年、チリから逃亡せざるを得なかったネルーダの1年間を追った劇映画だ。ざっと1年間のネルーダの言動から、いったいどういった人物なのかが、明確に伝わってくる。


 冒頭から、滅法、おもしろい。軽快なテンポで、ネルーダの人となりが示される。ネルーダは、めくるめくような隠喩を駆使し、愛の詩だけでなく、権力を批判する詩を書く。人を差別しない。バーで唄うゲイや、市井の人にも、優しく接する。重婚なのに前妻からも悪く思われない。もちろんフィクションではあるが、語られるエピソードのかずかずは、史実に基づいていると思われる。


 ネルーダの鋭い権力批判に、時の大統領ガブリエル・ゴンザレス・ペデラは、ネルーダを弾劾、拘束しようとする。直接、大統領の命を受けた追っ手は、オスカル・ペルショノーという警察官だ。映画は、ペルショノーの独白が、いわば狂言回しを務める。独白は、共産党、ひいてはネルーダへの批判も交るが、ネルーダへの憧れが窺え、よく練られた独白だ。隠れ住むネルーダもまた、ペルショノーの捜索を楽しむかのように、しばしば酒場に現れる。

 共産党の尽力で、とりあえずネルーダは海外に身を隠すことになる。ペルショノーの執拗な捜索が続く。やがてネルーダは、チリの港町バルパライソから、国外に逃れようとする。

 いったいに、詩は、ことごとく、韻を踏む。中国の漢詩、英語の詩しかり。なかでも、スペイン語の詩は、頭韻、脚韻とも、じつに音楽的だ。映画の冒頭や中ほどで引用されているネルーダの詩「二十の愛の詩と一つの絶望の歌」の冒頭を、カタカナで表記すると、「プエド エスクリビール ロス ベルーソス マス トリステス エスタ ノーチェ エスクリビール ポル エヘンブロ ラ ノーチェ エスタ エストレジャーダ イ ティリタン アスーレス ロス アストロス ア ロ レホス……」。


 拙訳だが、ざっと、こんな詩だ。「今宵 たいへん悲しい詩を書くことができる たとえば 夜空に多くの星 はるか遠く 天空は 青く 輝く……」。

 ネルーダは、「ニクソンサイドのすすめとチリ革命への賛歌」(大島博光 訳)では、こう詠む。「やむにやまれぬ我が祖国への愛から おれは君に訴える 偉大な兄貴 指も灰色のウォルト・ホイットマンよ 血まみれの大統領ニクソンを詩の力で打ちのめしてやる そのための君の素晴らしい力をかしてくれ……」。
ニクソンサイドとは、ジェノサイド(大量殺害)とニクソンをかけたネルーダの造語だろう。


 また、映画では、ネルーダの代表作といわれている長い詩「大いなる歌」の第2章にあたる「マチュピチュの頂」の第11の歌が、効果的に引用されている。「……石のなかの石よ では人間はどこにいたのか 大気のなかの大気よ では人間はどこにいたのか 時間のなかの時間よ では人間はどこにいたのか……」。

 ネルーダは、搾取され、苦しみのうちに死んでいったマチュピチュの先住民への想いを、いまのチリの社会への隠喩とする。そして、やがて成立するピノチェトの軍事独裁政権を予言しているかのようでもある。


 カプリ島を舞台にしたイタリア映画「イル・ポスティーノ」に出てくる詩人が、ネルーダだ。郵便配達の若者が「詩とは何?」と聞く。ネルーダは答える。「詩は隠喩だ」と。

 1年という短い期間のネルーダを描きながら、その全体像に迫った演出は、「NO」を撮ったパブロ・ララインだ。「NO」は、ピノチェト独裁政権の是非をめぐって、反対派の選挙キャンペーンを描いた傑作だった。

 ネルーダ本人に似たルイス・ニェッコがネルーダ役。「NO」では、反体制派の左派連合「NO」を率いるリーダー役で出ていた。ネルーダへの憧れ、嫉妬などの感情を殺しながら、ネルーダを拘束しようとする警官ペルショノーには、「モーターサイクル・ダイアリーズ」では、若き日のチェ・ゲバラを演じ、「NO」では、左派連合に力を貸す広告マンを演じたガエル・ガルシア・ベルナルが扮する。

 映画に引用されるネルーダの詩の断片からは、さらにネルーダの詩を読みたくなる。また、政治家として、女好きの男として、社会的弱者に寄り添うひとりの人間として、ネルーダとは、どういった人物なのか、その生涯を、さらにさらに知りたくなる。ネルーダの死因についても、いまだ、ピノチェトが関与した毒殺説が消えない。

●Story(あらすじ)

 1948年、チリのサンチャゴ。パブロ・ネルーダ(ルイス・ニェッコ)は、共産主義を標榜する上院議員である。詩人でもあるネルーダは、パーティ好きで、今日も、大勢の仲間を自宅に招いて、パーティを開いている。あるときは、アラビアのロレンスの衣装をまとい、自作の詩「二十の愛の詩と一つの絶望の歌」の一節を朗読したりしている。

 東西冷戦の影響が、チリにも押し寄せてくる。チリの共産党が非合法になるらしいとの報告が、ネルーダに届く。ネルーダは、上院の議会で、共産党を裏切ったビデラ大統領(アルフレド・カストロ)を、激しく批判する。やがて、共産党は非合法となり、ネルーダは弾劾され、拘束、逮捕の対象になる。

 ペデラ大統領は、警察官のオスカル・ペルショノー(ガエル・ガルシア・ベルナル)に、ネルーダの逮捕を命じる。

 いま、ネルーダの身辺を支えているのは、画家でもある妻のデリア・デル・カリル(メルセデス・モラーン)だ。ネルーダとデリアは、共産党の協力で、国外脱出を企てるが、すでにあちこちに検問が敷かれ、チリ国内に身を隠すことしかできない。

 隠れ住むようになったネルーダは、いまの生活からのインスピレーションを、次々と詩に反映していく。やがて、ネルーダの代表作となる「大いなる歌」を書きあげる。同時に、ネルーダは、合間を見ては人前に姿を見せる。まるで、追っ手のペルショノーを挑発するかのように。

 ペルショノーは、ネルーダの前の妻に接近し、ラジオに出演させ、ネルーダへの誹謗中傷を語らせようと画策する。重婚にも関わらず、前妻はネルーダの偉大さ、優しさを語る。あわてたペルショノーは、前妻のマイクを奪ってしまう。

 警察に追われているネルーダのことは、ヨーロッパにも伝わる。パブロ・ピカソ(エミリオ・グティエレス・カバ)をはじめ、多くの芸術家たちが、ネルーダの自由を訴え始める。

 共産党の制止にもかかわらず、ネルーダは相変わらず、酒場に出かけている。ネルーダは、女装のゲイの要望で、自作の「大いなる歌」の一節を朗読する。

 ネルーダは、ペルショノーの捜索をあざ笑うかのように、あちこちに顔を出すかと思えば、巧みに追跡を交わしていく。まるでゲームをしているかのよう。やがて、ペルショノーに、ネルーダへの憧れにも似た感情が芽生えてくる。

 国外脱出の手はずが整う。港町のバルパライソから中国の船に乗るという計画だ。だが、これには女性は乗船できないという。これは、妻のデリアとの別れを意味する。ここにも、執拗なペルショノーが追ってくる。

 計画は延期となるが、やがて、ネルーダは、なんと、陸路でチリの南部に逃れることになる。山奥を馬で進むネルーダ。ここにも、ペルショノーが追いかけてくる。ネルーダは無事、国外へ逃れることができるのだろうか。

<作品情報>
「ネルーダ 大いなる愛の逃亡者」
(C)by Diego ArayaⒸFabula, FunnyBalloons, AZ Films, Setembro Cine, WilliesMovies, A.I.E. Santiago de Chile, 2016

2017年11月11日(土)、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー
公式サイト

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