特別招待作品の「フィルメックス・クラシック」は、毎年、楽しみにしている企画だ。

「モアナ(サウンド版)」(アメリカ)
今年は、「ドキュメンタリーの父」といわれているロバート・フラハティ監督の「モアナ(サウンド版)」(アメリカ)が上映された。1926年、フラハティは、妻のフランシスとともに、南太平洋のサモアの人たちの生活に密着したドキュメンタリーを撮る。もちろん、サイレントである。1980年、娘のモニカが同じ場所を訪れ、両親の撮った映画にサウンドをつける。これが、デジタル復元版となっての上映だった。

「山中傳奇」(台湾)
もう1本は、キン・フー監督の「山中傳奇」(台湾)。3時間を超える大作で、経典を清書する若い僧に、奇怪な出来事が次々と起こる。1979年に作られたが、ここでは、2016年のデジタル修復版で上映された。
特集上映は、ジャック・ターナー監督の「私はゾンビと歩いた!」(アメリカ)と、「夕暮れのとき」(アメリカ)の2作品。どちらも、まったく無駄のない語り口で、前者は怪奇映画、後者は犯罪映画のお手本のような作品。

「24フレーム」(イラン、フランス)
クロージング作品は、昨年の7月に亡くなったアッバス・キアロスタミ監督の「24フレーム」(イラン、フランス)だった。これは、大傑作。もはや、キアロスタミは、愚かな人間たちのドラマを描くことに決別したかのよう。静止したカメラが、4分半ほどのさまざまな風景を捉える。これが、ぜんぶで24本。フレーム1は、ブリューゲルの絵画「雪中の狩人」。静止画像かと思いきや、家の煙突から煙が上る。犬が吠えて、動く。フレーム2では、雪のなか、馬が走る。コンチネンタル・タンゴの名曲「ポエマ」を、パリに客演したフランシスコ・カナロ楽団が演奏する。フレーム3は、波の打ち寄せる浜辺。牛がじっとしている。その向こうを、たくさんの牛が通りすぎていく。フレーム6は、窓から見える木の葉が揺れている。イタリアのルチオ・ダッラの名曲「カルーソー」を、ララ・ファビアンが唄う。窓に、カラスが止まる。
以下、カモシカ、カラス、カモメ、ライオン、ヒツジ、ハト、スズメ、カモ、イヌなどが登場する。雨が降り、雪が降る。雷鳴がとどろく。4分半ほどの映像のひとつひとつが、ドラマである。過酷な環境のなか、傑作を撮りつづけたキアロスタミの、美しさにあふれた遺言と思う。
閉幕にあたって、審査委員長の原一男の述べたメッセージがいい。「いま、映画を読み説く能力が劣化している。批評のレベルが低いと、作家が鍛えられない。映画だけでなく、人が生きていく上での力が、ダウンしている」と。そして、観客に呼びかける。「もっと映画を読み説く力、批評能力を高めよう」と。
その通りと思う。いま、映画の作り手の大半は、映画を読み説く能力の劣化した観客に向けた映画しか作らない。ビジネスになるから、だろう。すべてとは思わないが、原一男の指摘したことは重要である。日本の映画の歴史に残る傑作ドキュメンタリー「ゆきゆきて、神軍」を撮った人の言葉だけに、その意味は重い。
来年もまた、東京フィルメックスで、すてきな映画に出会いたい。(文・二井康雄)
東京フィルメックス公式サイト:http://filmex.net/